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第15話 剣も泣いている

 おやじもおふくろも、町の大勢の人たちも、怪物に殺された。


 一人旅を続ける地びとの青年ソルは、路地裏の空に、自らの過去を映す。


 あの日。あの恐ろしい一日。


 ソルの故郷の町に、怪物の群れが現れた、あの日。

 それは翼を持つ、怪物だった。突然空から舞い降りてきた。空はよく晴れており、白い雲がぽっかりと浮かんでおり、なんの前触れもなかった。

 見たこともない姿かたちをしていた。脚がたくさんあり、翼の上に外殻があり、ぎいぎいと鳴く、虫と獣の間のような気味の悪い怪物だった。

 怪物の群れは合計六匹いた。怪物たちは、鋭い爪と牙で次々と人々を襲った。

 

 俺も、戦った。おやじも町の男たちも。


 父は、今現在はソルの腰にある剣で戦い、そのとき成人間近だったソルは、学生時代に稽古で使用していた剣で戦った。


「おやじ……!」


 父の剣は、怪物の首を跳ね飛ばしていた。しかし、父の体はすでに赤く染まっていた。怪物の血ではなかった。怪物の間合いに入ったとき、爪で切り裂かれていたのだ。

 父は、倒れた。剣を握りしめたまま。そして、もう二度と動かなかった。

 ソルは夢中で戦った。そのあとのことはソル自身、正直覚えていない。町の人にあとから聞いた話では、ソルは倒れた父の剣を手に取り、叫びながら残りの怪物たちを斬り伏せていったそうだ。

 母の亡骸も見つかった。母は、農作業をしているときに襲われたようだった。

 父や母、他の大勢の人たちの弔いは、厚く丁重に行われた。

 ソルはそのあと、何日も何年も、無為に過ごした。


『旅に出よ。魔法石の力を、私に』


 夢を見た。夢に剣が出てきた。剣は、ソルに向かってそう告げた。

 ただの夢とは思えなかった。

 父は、剣を「古い友人が鍛えた特別な剣」と話していた。


 この剣は、おやじが若いころ旅暮らしをしていたとき、ある大陸で偶然出会った人を助けて、その恩で譲り受けた剣――。


 その人物は、ブレードスミス、剣を作る職人だったのだという。助けたことで、親しくなった。父が亡くなるまで、手紙で親交は続いていた。

 父が若いころの旅の冒険の話を始めると、母はちょっと嫌な顔をしていた。嫌な顔をしたあと、母は明るく他の話題に変えるようにしていたが、母としては若いソルが父に憧れて無謀な旅を始めてしまうのではないかと、不安だったのだろう。

 そんなわけで、あまり父から旅の話を聞けなかったが、たぶんその「古い友人」は、地上で暮らす空びとか、空びとと地びとの間に生まれた人物だったのではないか、とソルは思う。

 父の語る空びとや空の国の伝説は、本などで一般に知られている空の国の話にはないものばかりということもあった。

 

『ソル。この剣は、魔法石をはめることで、完成する』

 

 父は生前、ソルにそう語っていた。

 ソルが見た夢は、剣が自分に訴えかけてきたのだと思った。

 しかし、不思議な夢を見たのは、あの一度きりだった。


 剣が、道を示してくれるかと思っていた。旅に出れば、引き合うように魔法石へと導いてくれるんじゃないかと。

 

 どうやったら魔法石を見つけられるのか。そもそも、欲にまみれたニンゲンも探している魔法石、果たしてそんな希少で、運よく市場に出たとしても途方もなく高値のつくようなものを、本当に自分が手にすることができるのか、今更ながらソルは途方に暮れた。


「剣。教えてくれよ。魔法石について、なにか手掛かりとか感じるものとか、ない?」


 辺りに人がいないことをいいことに、声に出してしまった。しかし、耳に届くのは、連なる家々の窓から賑やかにあふれ出す生活音。テラコッタの鉢の青い花で彩られた白壁の向こう、幼い子や母、明るい家族の笑い声――。


 ああ。おやじ。おふくろ――。もっと、いろんな話、したかったな――。子どもだって――。


 同じ年ごろの若者たちも、何人も亡くなってしまった。ソルには恋人などいなかったが、あの事件がなければもしかしたら、という思いがある。家庭を持ち、孫だって見せられたかもしれない。実現しなかった「もしも」、失われたいくつかの幸せな可能性、不意ににじむ涙は、何年経ってもこらえられない。足早に、歩く。

 路地裏一帯が足並みを揃えているかのよう、同じような白壁の小さな家が続く。坂道を上っているが、もしかしたら同じところを歩いているのではないか、そんな錯覚を覚え始めた、そのとき。

 横道から、少し戸惑っているような様子で、そうっと誰かが顔を出す。背の高さから、子どもだ、と思った。


「おにいさん……。あの、大丈夫ですか……?」


「えっ」


 金色の柔らかな巻き毛の、少年だった。

 緑の瞳が、まっすぐソルを見上げている。


「剣もおにいさんも、泣いてる……」


 緑の宝石のような澄んだ瞳が、揺れていた。

 

 


 ニンゲンの青年に変身中の海竜のイルムは、空びとの少年リーフは抱え、森を走る。

 ラーズと大男の逃げ去った方向へと。


「あの少年たち、たぶん空びとと地びとの間に生まれた人たちだよ」


「え、わかるのか」


 イルムはちょっと驚き、リーフの顔を見つめた。


「うん。僕らは、なんとなくわかるんだ。純粋な空びと以外のひとたちを」


 リーフが語るには、感覚的に違いがわかるのだという。リーフを空びとであると気付かない辺り、地びとたちはそういった違いの見極めはできないらしい。魔法を使う空びと独自の発達した感覚のようだ。


「マルテも僕ら同様、一目で判別できるみたいだよ。あのラーズって子、あの子もわかるみたいだね」


『君は、空びとだね。そして、そっちのお兄さんは、空びとでも、地びとでも――、僕らの『家族』でもない――』


 イルムは、ラーズの言葉を思い出していた。「僕らの『家族』」がなにを意図しているかわからないが、自分がニンゲンではないことを、一目で見抜いたようだ、と思った。


「あとそれから――」


 リーフが続ける。


「空びとと地びとの間に生まれたひとは、魔法の力が僕らより弱いことが多いらしいんだ。ただ、マルテは別。血が混じることで普通は魔法の力が弱まるはずなのに、マルテのように純粋な空びとより魔法の力が強い子が、時折生まれることもあるんだって」


 イルムを襲撃した短剣の男は、たぶん魔法の力が弱いよ、とリーフは付け足した。なぜなら、ちょっと怖い話なんだけど、とイルムの腕の中で身を縮こまらせて前置きしつつ、逃走の際もっと強力な魔法でイルムに危害を加えられただろうから、と述べた。強い魔法の力の持ち主だとしたら、とっさとはいえ、明かりの魔法だけで逃走する、それでは済まないだろう、とリーフは説明した。


「なるほど。それでは、ラーズは……?」


 絡みつく下草、魔性のような美しい微笑み――。


 緑の中を疾走する。


「たぶん――、強いよ。マルテみたいに」


 森に差し込む陽の光が、どこかよそよそしい。深い緑が安らぎの色ではなく、得体の知れない領域であると脅すように、本能へ警告を送ってくる。


「そうか」


 イルムは、揺らがない。それはマルテを知らないからではなかった。おそらく、マルテもラーズも、自分を封印した少年時代のリーフの父より、強力な魔法を操る者なのだろう、と感じた。


 マルテを助ける。リーフとの、大切な契約だ。


 契約、と考え、ほんの少し息を吐きだす。


 契約。いや、約束だ。


 銀の瞳はまっすぐ前を見つめ続ける。

 白昼の闇を切り裂く刃のように、イルムは長い銀の髪をなびかせ駆け抜けた。

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