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第13話 右か左か

 昨晩のことだった。

 それは、青年の姿に変身中のイルムが、謎の男に襲撃を受ける前のこと。

 大きな窓から、月を眺める一人の少年。月の光だけが差す今、少年の髪色はわからないが、陽の光のもとでは燃える夕日のような朱色の髪色が印象的な少年だった。


 僕らこそが、最高の存在なのだ。


 赤髪の少年は、思う。


 僕たちこそが特別な存在、運命に「選ばれし者」なのだ。

 

 年のころは十代後半、髪を少し長めに伸ばし、髪色と同じ赤い瞳をした少年。少年の手には、魔法石のネックレス。質のよい家具が備えられている部屋の隅には、金属細工のついた持ち運びのできるチェストがある。チェストの中には、集めてきた魔法石が入っている。


 マルテ。


 少年は、心の中でマルテの名を呼んだ。


 マルテ。早くおいで。君には、僕たちと共に戦う資格があるんだよ――。


 魔法石のネックレスに向かって、笑う。


 空びとも、地びとも、僕らの敵だ。僕たちが、君を解放してあげたんだよ。親ってやつは身勝手で、子どもを縛り付けるしか能のないやつらだからね――。


 チェストには、まだまだ余裕がある。力を得るために、もっと多くの魔法石が欲しい、と思った。


 力が大きくなれば、大きくなるほど、僕らの世界は堅牢になる――。


 昨日、空から降りてくる魔法石の反応を掴んだ。自然落下の魔法石ではなく、研がれて整えられた強い魔法石の気配だった。おそらく、魔法石を所持した空びとが降りてきたということだろうと思った。それは、今まではわからない気配だった。


 マルテ。君のネックレスのおかげだよ。おかげで、地上に降りた魔法石を持った空びとの存在を知れたんだ。


 赤髪の少年は、手にしたネックレスの魔法石を、宝物のようにそっと両手で包んだ。このネックレスは、今まで所持した魔法石の中でも、圧倒的に強い力を持っている、と感じていた。

 

『兄さん』が、もうすぐ持ってくるだろう。その新しい魔法石――。


 魔法石の気配のほうへ行った『兄さん』、そして鳥。少年は『兄さん』に、魔法石を所持した空びとに関しては、いらない、と告げていた。空びとの扱いは、『兄さん』に任せるよ、と言っておいた。

 少年が求めるものは、魔法石と「特別な存在」のみだった――。

 

 さて。新しい魔法石は、どんな力を示してくれるかな……?


「お兄さま」


 少年のそばに、少女が寄り添う。少年の妹だった。


「おや。こんな夜更けに。眠れなかったのか?」


 少年は妹に微笑みを向けた。

 

「マルテ君に、早く会いたいです」


 少女は、待ち遠しそうに瞳を輝かせた。マルテのことを考えると楽しみで、眠れなかったようだ。


「『弟』に、早く会いたいなあ」


『弟』。少女は、マルテを「弟」と称していた。


「うん。もうすぐだよ。おとといは『大きな兄さん』がちょっと失敗しちゃったけど、すぐ見つけられると思うからね」


 僕たちは、家族だ。


 少年は、思う。


 大きな兄と、兄と、僕と、妹。それから、マルテ。


 きっと、素敵な五人家族になる、と思った。血の繋がりがあるのは、妹だけだが、大きな兄と兄、それからマルテも家族だ、と思う。

 大きな兄と、兄は、それぞれ異なる時期、異なる場所で出会い、やがて「家族」になった。


 世界中には、もっと家族となる人がいるのかもしれない。みんな、必ず見つけてあげるから、ね――。


 特別な僕たち「家族」こそが、この地上を支配すべき、そう少年は考えていた。



 

「わあああ、速いよ、速過ぎだよー」


 空びとの少年リーフは、悲鳴を上げていた。

 今リーフがいるのは、走るイルムの背中。

 イルムは、リーフをおんぶし、尋常ではない速度で緑の坂を駆けていたのである。

 潮風とウミネコの声。あっという間に、昨日の漁師町にたどり着いた。

 イルムの両手は、後ろ手でリーフをしっかり支えている。その状態であるのに、イルムの足はとんでもなく速かった。

 疾風のように駆け抜けるイルムを、町のひとや旅人たちは、呆然と見送っていた。荷物を運ぶ馬さえも、イルムのスピードに驚いているようだった。

 障害物を飛び越え、イルムはただただ駆け、リーフはイルムの背に必死でしがみついた。


 怖いんですけどおおお……!


 支えられているが、なにかの拍子に落ちてしまわないか、リーフは気が気でなかった。

 昨日の食堂の前も、通り過ぎた。窓辺にあのご夫婦がいたように見え、リーフは手を振ってみたが、あっという間に過ぎ去ってしまった。


「道が、分かれている」


 イルムがそう言って立ち止まった。南へ向かう道は、二手に分かれていた。


「どちらに行ったらいいだろうか」


 息をまったく切らさないイルムに対し、なぜか背負われたリーフのほうが、ぜいぜいと息を切らしていた。

 

「大丈夫か。リーフ」


 リーフの顔色は、青ざめていた。


「うん。大丈夫、だよ」


 ごめんね、イルムのほうが疲れているはずなのに、とイルムをねぎらってから、リーフは分かれ道について考える。


 右と、左。


「うーん」


 リーフは、意識を集中した。あいかわらず、襲撃した男の気配は「南」としかわからない。


「そういえば、食堂のご主人が、ソルに南の町への近道を教えてたっけ」


 リーフは、食堂の店主がソルにしていた道順について思い出す。


「確か、最初の分かれ道のとき、右の道を行くといいって、言っていたような……」


 南の町への適切な道の説明。ただし、そのときすでにリーフはソルと別行動を取ることを決めていたので、店主とソルの会話を、実はあまりよく聞いていなかった。


「道中、ソルにも会えるかもしれないな」


 イルムは、ソルに会える可能性に笑みを浮かべていた。


「うん。そうだね。ソルに会えるかもしれないね。とりあえず、町のほうへ行ってみようか」


 犯人はなにかと便利な町に立ち寄っているかもしれない、リーフはそう考えた。


「じゃあ、右へ行くぞ」


 イルムはリーフにかがんで背を差し出し、乗るように促していた。


「ええと……」


 リーフは青い顔のまま、躊躇していた。

 リーフがなかなかおぶさろうとしなかったので、イルムは、


「背負われるのが疲れたなら、抱えることにする」


 そう言ってリーフの背と膝裏に手を伸ばし、リーフを軽々と抱えた。

 またしても全力で走りだしそうなイルム、リーフは、


「イルム。急ぐけど、速度、ちょっとゆっくりに……」


 申し訳なさから、遠慮気味に要望を伝えてみる。


「わかった。ゆっくり移動にする」


 イルムはうなずく。そして、駆けた。


 えっほ。えっほ。


 謎のリズムで、駆けた。

 イルムの銀の長い髪が、揺れる。

 見事なまでの、モデラート、四分の四拍子だった。つまり、軽快に歩く速度に近かった。


 ええと。


 これでいいのだろうか、速度は、このテンポは、いったいなんだろう――と、リーフの心に宿る戸惑い。

 右か左か、道の選択に対する不安は忘れ去られていた。

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