第25話 零の重み、理の外側
真冥は源三からの知らせを受け、支援所の転送陣から京ノ都役所へと飛んだ。
鍛冶場まではまだ距離があるが、今日の真冥の足取りは驚くほど軽かった。
胸の奥に灯った「前へ進みたい」という熱が、道中の景色さえ輝かせているように感じられる。
やがて、小高い森の中に建つ源三の鍛冶場が見えてきた。
今日も黒煙が空へと昇り、鉄と火の匂いが風に混じっている。
「源三さん、真冥です! 刀を受け取りに来ました!」
声を張ると、奥から雫が姿を現した。
「まあ、早かったですね。……よほど待ち侘びていたんですね」
その柔らかな笑みに、真冥は少し照れながら頷く。
「おぅ、来たか」
腕を組んで現れた源三の表情は、どこか誇らしげだった。
「渾身の力作だ。しっかりその目で拝みな」
源三が雫へ目配せすると、彼女は一度奥へ下がり、代わりに宗次が姿を現した。
その手には漆黒の箱。
中には――『月狼の片袖』が収められている。
「これは、ただの防具じゃないぞ」
宗次は箱を置き、ゆっくりと蓋を開けた。
「お前が受け流した衝撃……その“負のエネルギー”を、魔核糸が強制的に吸い上げ、循環させる。吸い上げた力を魔力に変換し、刀へと流す。つまり――お前が耐えれば耐えるほど、次の一撃は鋭くなる」
淡い光を帯びた籠手が姿を現す。
銀と白土の粒子が混ざり合い、呼吸するように脈動していた。
宗次は不敵に口角を上げた。
「名付けて――『理外し(ことわりはずし)』だ。世界の法則に従って強くなる連中には使えない。理屈の外側で踏ん張る奴だけが、真価を引き出せる代物だ」
その名は、真冥の胸に深く刺さった。
そこへ雫が、一振りの刀を両手で捧げ持ってくる。
源三はそれを受け取り、真冥の前へ差し出した。
「ゼロから始める奴のために打った刀だ。だから銘は――魔刀・零斬」
その刀の鞘は、一言で表すなら「静寂の極み」であった。
華美な装飾は一切排除され、あるのは道具としての凄絶なまでの誠実さだけだ。
「宗次の話の通りだ。こいつは籠手で貯めた魔力を受け取り、それを“威力”として斬る刀だ」
源三は一息ついて続ける。
「それとな……わしのスキル『鍛魂』は、持ち主の精神性を宿らせることができる。つまりはだ――おめえと共に成長する刀でもあるってわけだ」
真冥は息を呑んだ。
刀が自分と共に成長し、籠手が受けた痛みを力に変える。
これはただの武具ではない。自分の道を歩くための「証」だ。
真冥が震える指で刀の柄へそっと触れると、刀身の奥からかすかな脈動が返ってきた。
まるで「ようやく来たな」と語りかけてくるように。
真冥は「魔刀・零斬」と「月狼の片袖」を意気揚々と支援所に持ち帰ると、瑞希とアステリアが駆け寄ってきた。
「わぁ~、完成したんだね。見せて見せて!」
瑞希は、「月狼の片袖」をまじまじと見つめている。
アステリアは真冥の腰に刺さっている黒檀の鞘を鑑定するように眺める。
「私にははっきりわかんないんですけど、凄いってのはわかります」
「これさえあれば……」
真冥が希望に満ちた声を漏らした瞬間、アローラがその言葉を制した。
「じゃあ、これから特訓始めるよ」
「えっ? 今からですか?」
「いい装備が手に入ったからって浮かれてるようじゃ、明日にも死んじゃうかもよ」
アローラは厳しい視線を真冥に向ける。
「一番大事なこと。それは強い武器でも防具でもない。壊れない体だよ」
その言葉に、支援所の空気は一瞬で凍りついた。
真冥は、手にした零斬の重みが先ほどまでとは違う意味で重く感じられた。
「瑞希、アステリア。真冥の装備を預かって。……真冥、訓練場へ」
「……えっ、装備も外すんですか?」
「当たり前でしょ。道具がなきゃ死ぬような体で、何が『強くなった』よ。あんたたちが信じてるその『数字』のステータスなんて、ただの飾りに過ぎないんだから」
夕暮れ時の訓練場。
装備を脱ぎ、簡素な服に戻った真冥の前に、アローラは武器すら持たず、ただ自然体で立った。
「いい? 他の転生者はレベルが上がれば、天界から与えられた『下駄』を履かされて強くなる――」
アローラの姿が視界からかき消えた。
「でも、下駄を脱げば中身はひょろひょろの素人。あんたには最初から下駄がない。なら――」
「ガッ!」と真冥の腹部に、衝撃が走る。
息が詰まり、肺の空気が一気に吐き出された。
「――自分の足の裏の皮を厚くして、岩をも砕く鋼の脚にするしかないのよ。それはステータス画面には映らないけれど、確実にそこにある『力』。あんたがこれまで、誰よりも泥を舐めて積み上げてきた『0』の重みよ。そして――それを背負えるのは、あんただけ」
真冥は必死に食らいついた。
アローラには確信があった。
真冥がレベル2になれば全属性最強魔法が使えるようになる。
だが、今の未熟な肉体のままでそれを受け入れれば、器が耐えきれずに崩壊する。
アローラはその「器」を、今、文字通り叩き直しているのだ。
「予測して! 避けて! 道具に頼るんじゃない。あんたの熟練度で、道具を超えてみなさい!」
ボロボロになり、土塗れになりながら、真冥は実感していた。
自分の肉体が、連撃を受けるたびに限界を超えて研ぎ澄まされていくのを。
遠くで見守る瑞希は、自分のタブレットを握りしめた。
画面には『再定義の神域:Lv7』の文字が。
(真冥くんが、死ぬ気で積み上げている。なら、私のスキルも……誰かを支えるために、もっと上を目指せるはず)
特訓は2時間ほど続いただろうか……。
辺りはすっかり日が落ちていた。
「……そこまで。今日はもう休みなさい」
アローラの声とともに、真冥は糸が切れたように地面に倒れ込んだ。
体中が悲鳴を上げているが、不思議と意識はクリアだった。
瑞希がすぐに駆け寄り、手慣れた手つきで万能軟膏を塗り込んでいく。
「真冥くん、大丈夫……? アローラも、少し厳しすぎるよ……」
そう問い詰める瑞希にアローラは背を向けた。
「憎んでも構わないよ。それでも……生き残ってくれさえすれば……」
「……いや。瑞希さん、ありがとう。……アローラさんの言いたいこと、少しだけ分かった気がするんだ」
真冥は泥のついた自分の手を見つめた。
数字の上では何も変わっていない。
けれど、アローラの拳の風を感じ、地を蹴る感触を確かめた今、自分の内側にある「大きな空洞」が、血の通った確かな「力」で満たされていく感覚があった。




