第24話 停滞の輪郭
瑞希調合店の騒動から、数日が経過していた。
あの一件以来、瑞希の店は仮ノ町でも評判になりつつある。
「だから言ったでしょ? 瑞希さんの調合してくれた調味料は、一味違うって」
「ほんと、あなたの言うとおりだったわ。昨日の一味唐辛子、とても良かったよ」
「いや……一味なんで、何も混ぜてないんですけど……」
瑞希の困ったような声に、客たちはくすくすと笑う。
「あら、そうだったわね。でも、それでも美味しかったって話よ」
冗談めいたやり取りの向こうで、瑞希の調合した万能軟膏や調味料は、少しずつ町に受け入れられ始めていた。
そこへ、真冥が店を訪れる。
先日、瑞希に頼んでいた「デバフ粘液」の引き取りだ。
「あぁ、真冥くん。いらっしゃい。悪いんだけど、ちょっと手が離せなくて。カウンターの奥に置いてあるから、持っていってね」
「はい。ありがとうございます」
忙しそうに店を切り盛りする瑞希の背中を見て、真冥は、どこか誇らしい気持ちになる。
……と同時に、胸の奥が、きゅっと締め付けられる感覚があった。
(瑞希さんは、もう一人でやってるんだよな……)
守られる側から、支える側へ。
自分より後に来たはずの転生者たちも、少しずつこの町に居場所を作っている。
瓶を抱え直し、真冥は店を後にし支援所に戻った。
仮ノ町支援所の前は、今日はやけに賑やかだった。
「おめでとう! 卒業だってさ!」
「よかったなぁ。もう一人前じゃん」
拍手と笑い声の輪の中心には、見覚えのある青年が立っている。
真冥よりも、後に支援所へ来た転生者だった。
「いや……まだレベル3なんですけど……」
そう言って照れくさそうに笑う青年の声が、真冥の胸に、妙に重く響く。
(……もう、出ていくんだ)
祝福の声に送られて、青年は支援所を後にする。
その背中は、どこか誇らしげだった。
気づけば、真冥は立ち止まっていた。
「……いつになったら、俺は、ここを出られるんだろう」
ぽつりと零れた言葉は、自分の耳にも、やけに弱く聞こえた。
それは“不満”じゃなく、“取り残される恐怖”に近い感情だった。
「……真冥さん?」
背後から声をかけられ、振り返る。
そこには、書類を抱えたアステリアが立っていた。
「どうしたんですか。ぼーっとして」
「いえ……なんでもないです」
誤魔化すように答えると、アステリアは、さきほどの光景に視線を向けた。
「……さっきの卒業式、見ていたんですね」
「はい……」
アステリアは、少し言いづらそうに唇を噛む。
「真冥さん、あの……支援所の規定、覚えてますか?」
「規定……?」
その問いに、アステリアの表情が固まる。
「……姉さん!」
支援所の奥から、アローラがひょいと顔を出した。
「なにー?」
「まさか……真冥さんに、ちゃんと説明してなかったんですか!?」
「え? 何を?」
「レベル3になるまでは、原則“支援所の管理下”ってやつです!」
アローラは一瞬きょとんとしてから、あっさりと言った。
「だってさぁ。真冥、ずっとレベル1じゃん。説明する意味なくない?」
「……え?」
真冥の胸の奥が、ひやりと冷える。
「い、いえ、規定としてはそうなんですけど……」
アステリアはしどろもどろにフォローしようとする。
そのアステリアを尻目に、アローラがにやりと笑う。
「近々、武闘大会があるでしょ?レベル10以下の転生者限定のやつ」
アローラは、軽く真冥の肩を叩く。
「そこで“目に見える実績”を作れたらさ、支援所の外で暮らす許可、出してあげてもいいかなーって思って」
「ちょ、ちょっと姉さん!?それ、独断で決めていい話じゃ……!」
「いいのいいの。どうせ手続きはあんたがやるんでしょ?」
「……うっ」
アステリアは言葉に詰まり、視線を逸らした。
その様子を見つめながら、真冥の胸の奥で、これまでになかった感情が芽生えていく。
(ここを……出たい)
支援所が嫌いなわけじゃない。
危険から守ってくれる、大切な場所だ。
それでも――
いつまでも、成長できずに“守られ続けている”自分が、急に、少しだけ、怖くなった。
「……その大会。俺でも、出られますか?」
アローラは、楽しそうに口角を上げた。
「いいねぇ。その顔。レベル1だからって成長していないってことじゃないことを証明して見せな」
アローラの言葉に、真冥は小さく息を吸った。
「……やります。武闘大会」
その声は、自分でも驚くほど、はっきりしていた。
「ほう?」
アローラは面白そうに片眉を上げる。
「逃げ腰の真冥が、珍しいじゃん」
「逃げてたつもりは……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
少なくとも、“動かずに済む場所”に甘えていたのは事実だった。
「いいねぇ」
アローラは満足そうに笑う。
「じゃあ、エントリーは私が通しとくよ。形式だけはちゃんとしないとね」
「ありがとうございます……」
深く頭を下げると、アステリアがほっとしたように微笑んだ。
「無理はしないでくださいね。大会は“安全”とはいえ、怪我はしますから」
「はい……瑞希さんの万能軟膏もありますし」
そう答えた、そのときだった。
――ぱさり。
窓辺から、かすかな紙擦れの音がした。
三人の視線が、同時にそちらへ向く。
窓枠に止まっていたのは、一羽の折り鶴。
だが、ただの紙ではない。
淡く光る文様が羽根に走り、内側から微弱な魔力の脈動が伝わってくる。
「……伝承紙鳥?」
アステリアが、小さく息を呑む。
伝書紙と式神を組み合わせた、簡易使役式の魔導具。
一度登録した相手のもとへ、自動で飛んでくる通信手段だ。
「源三から、かな」
アローラが顎で促す。
真冥は、そっと手を差し出した。
折り鶴は、吸い寄せられるように彼の指へと乗り、
次の瞬間、羽根がほどけるように開いて、一枚の紙へと変じる。
そこに浮かび上がった文字を読んだ瞬間、真冥の表情が変わった。
「……できた、って」
「え?」
「武器と……防具が、完成したって」
一瞬の沈黙のあと、
「おおっ、タイミング良すぎでしょ!」
アローラがぱっと声を上げる。
アステリアも、思わず微笑む。
「それは……心強いですね」
胸の奥に溜まっていた重たいものが、すっと軽くなっていく。
(間に合った……)
大会まで、まだ日があるとはいえ、装備の有無は、そのまま生存率に直結する。
真冥は、紙を握りしめたまま、小さく笑った。
「……これなら、少しは戦えそうです」
自分の足で踏み出すと決めた、その直後に届いた“準備完了”の知らせ。
偶然にしては、出来すぎている。
けれど――
今の真冥には、その出来すぎた流れさえも、背中を押してくれる追い風のように思えた。
真冥は、手の中の紙をもう一度見つめた。
源三の太い筆跡で書かれた『来い』の二文字。
それは単なる通知ではなく、戦いの舞台への招待状のように思えた。
「アローラさん、アステリアさん。……俺、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。その装備が、あなたの『卒業証書』になることを祈っています」
アステリアが優しく送り出し、アローラはニヤリと笑って手を振った。




