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第19話 鈍色の約束

 支援所の中庭に、乾いた打撃音が響いていた。


 真冥は一人、木製の訓練標的に向かって剣を振るっていた。


 全身に残る筋肉痛が、動くたびに鋭い棘のように神経を逆なでする。


 だが、一昨日のハイ・ウルフ戦で味わった「絶望的な手応えのなさ」が、彼を部屋で休ませることを許さなかった。


(……通用しなかった。デバフで動きを止めても、僕の剣じゃあいつの皮膚を貫けなかった)


「もっと振りそのものの力をつけた方がいいのか……、それとも、一点に力を集中させる技術を磨いた方がいいのか……」


 額から流れる汗を拭い、真冥は独り言を漏らす。


 自分の限界を見極めようと必死に思考を巡らせる。


 その時だった。


「どっちも大事だけど、この間のハイ・ウルフに関しては武器自体も明らかに格下だったからね」


「わっ……!? び、びっくりした……。いつからいたんですか?」


 背後から不意にかけられた声に、真冥は文字通り跳び上がって振り返った。


 そこには、木陰に背を預けて退屈そうに爪を眺めて屈んでいるアローラがいた。


「さっきからずっといたわよ。あんたが一人でブツブツ難しい顔して言ってるの、全部聞いてた」


 アローラはクスクスと意地悪そうに笑う。


 真冥は恥ずかしさで顔を赤くしながら、剣を鞘に収めた。


「……確かに、今の剣じゃ無理だってことは分かりました。もっとお金を貯めなきゃなぁ。今度、町で一番大きな武器屋でも覗いてみます」


「そのことなんだけどさ」


 アローラは立ち上がり、真冥に歩み寄った。


「わたしに心当たりがあるんだ。良かったら昼から行ってみない?」


「アローラさんが、武器屋を紹介してくれるんですか?」


 真冥の問いに、アローラはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「武器屋っていうか……まぁ、鍛冶屋かな。偏屈だけど、腕だけは天界の神職も認めるレベルの奴がいるのよ」


「……なんか、高そうですね」


「お金じゃなくて、『縁』と『素材』で仕事をするタイプよ。あんた、面白いもの持ってるじゃない」


 アローラの視線が、真冥の腰袋――そこに入っている「魔核」と「硬皮革」に向けられた。


 真冥は訓練でかいた汗をシャワーで流し、食堂へ向かった。


 そこにはすでに準備を整えたアローラが待っていた。


「まずは京ノ都役所に飛ぶわよ」


 アローラは迷いのない手つきで転送陣に座標を入力する。


 視界が光に包まれた次の瞬間、二人は京ノ都役所の転送広場に立っていた。


 かつて真冥に絶望を与えた場所だが、今は隣に最強の天使がいるせいか、心なしか石造りの床も冷たくは感じなかった。


「街外れにそいつの鍛冶場があるのよ」


 アローラは真冥を伴い、役所の重厚な門を出る。


 活気ある中央大通りとは反対側、北の山側に向かって二人は歩き出した。


「そのアローラさんの知り合いって、そんなに偏屈なんですか?」


 真冥は道中、脳内でいくつかの「偏屈な職人」像を浮かべていた。ひげ面で無愛想な老人か、あるいは一言も喋らない頑固親父か。


「会えばわかるよ」


 アローラは楽しそうに笑うだけで、正体は明かさない。


 30分ほど歩くと、人の気配が薄くなり、小高い森に囲まれた古びた鍛冶場が見えてきた。


 煙突からは細く黒い煙が立ち上り、規則正しい槌の音が静寂を打っている。


 アローラは躊躇なくその中に入っていき、真冥もその背を追った。


 中に入ると、そこは店舗も兼ねているようで、壁には数えきれないほどの刀や剣が整然と並べられていた。


 どれもが恐ろしいほどに研ぎ澄まされ、独特の威圧感を放っている。


「相変わらず客がいないわね。売れてんのかしら?」


「誰かと思えばアローラじゃねぇか。……あいにくだが、儲けるために刀打ってるわけじゃねぇからな」


 奥から現れたのは、緋渡源三ひわたりげんぞう。60歳は超えているだろうが、鍛え上げられた丸太のような腕を持つ筋骨隆々の男だった。


 鋭い眼光が、侵入者である二人を射抜く。


「早速だけど源三、この子のために刀を作って欲しいの」


 アローラが指し示した真冥を、源三と呼ばれた男はじろりと眺めた。


「やれやれ、急に現れたかと思えば……そんなひよっこのために俺に刀を打たせるってか?」


「そうだよ。この子はレベル1。ひよっこもひよっこ、もしかしたらまだ卵かもしれないわね」


 アローラはケラケラと笑うが、源三の眉間の皺は深くなるばかりだ。


「……その辺の武器屋で適当に吊るしでも買えばいいだろ。俺はそんなレベルの奴に持たせる刀は打っちゃいねぇ」


 突き放すような言葉。しかし、アローラは動じない。


「じゃあ、これを見てもそう言い切れるかしら?」


 アローラが顎で促すと、真冥は緊張で強張った手で腰袋から「それ」を取り出した。


「……これをお願いします」


 差し出されたのは、ハイ・ウルフから手に入れた魔核。


 源三はその光彩を認めた瞬間、わずかに目を細めた。


「ほう……坊主、レベル1の分際で、こんなものを持ってるとはな」


 源三は魔核をひったくるように手に取り、窓から差し込む光に透かした。


 その表情から、職人としての冷徹な拒絶が、わずかに揺らいだのを真冥は見逃さなかった。


「どうかしら? これを使って、この子の刀を作ってほしいの」


 アローラの言葉に、源三は手の中の魔核と真冥を交互に見比べる。


 その沈黙は長く、鍛冶場に響く風の音さえも重く感じられた。


 やがて、源三は深く溜息をつき、魔核を握りしめた。


「……わ、わかった。刀は打ってやろう。素材も一級品だ、俺の腕の見せ所でもあるしな。ただし――それなりに金は積んでもらうぜ。俺の仕事は安かねぇ」


 職人としてのプライドと、生活者としての現実。源三が提示した当然の要求に、真冥が財布の中身を思い出して青ざめかけた、その時だった。


「金の話をする前にさ。あんた、自分が今、何を打てるか考えてみなさいよ」


 アローラが冷ややかな声を被せる。


 その瞳には、冗談を言っている気配は微塵もなかった。


「あぁ!? 」


「いい、源三? あんたの残りの人生じゃ、こんな純度の高い魔核にはもう二度とお目にかかれないかもしれないのよ。……歴史に残る名刀を打つチャンスをあげようって言ってるのに、金なんて()()()()()話、しないでくれる?」


 アローラの言葉は、源三の「職人としての魂」を的確に射抜いた。


 源三は顔を真っ赤にし、何かを言い返そうと口をパクパクさせたが、手の中にある魔核の、震えるほどに美しい魔力の揺らぎを前にして言葉が続かない。


「ぐ、ぬぬぬ……っ!」


 源三は巨体を小刻みに震わせ、葛藤の海に沈んでいた。


 やがて、爆発したように頭を掻きむしり、吠えるように叫んだ。


「あぁ、もう! 負けた、負けたよ!――ただで打ってやる! 刀はタダでくれてやるよ!」


「物分かりが良くて助かるわ。それとも、年取って少し丸くなったのかしら?」


 アローラは愉快そうにゲラゲラと笑い、真冥の肩を叩いた。


 一方、源三はアローラの皮肉など耳に入っていない様子で、すでに手にした魔核をどう切り出し、どう熱を入れ、どう料理してやろうかと、取り憑かれたような目でマジマジと見つめていた。


「おい、坊主。……十日だ。十日後にまた来い。それまでに、お前のための『器』を仕上げてやる」


 源三の声は、先ほどまでの怒鳴り声とは違い、静かな熱を帯びていた。


 真冥は、その職人の気迫に圧されながらも、力強く頷いた。


 最強魔法を持つ少年と、最強を自覚しない天使。そして、魂を燃やす偏屈な鍛冶師。


 運命の歯車は、鈍い鉄の音を立てて、さらに加速し始めていた。


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