新しい装備の受け取り
翌朝、目が覚めるとなんだか頭がすっきりしている。寝る前悶々としていた己の不甲斐なさも、確実に成長しているという実感がフォローしてくれている。
すぐに腐る必要もない。
今は少女達と時間を共にできるだけで幸せなのだ。それ以上を求めるなら、それに見合うだけの成長をしてみせればいい。
夢の中で何を見たのかは思い出せないが、前向きになれている自分を感じた。
「おはよう」
「おはようございます、レント様」
食堂に向かうと、アイラが朝食を準備したいた。パンに野菜のスープ、付け合せにサラダとこの世界の貴族にとっては標準的な食事だ。
そこにエトランゼ様の姿はない。この世界の食に並々ならぬ関心があるエトランゼ様が居ないことに違和感を感じた。
「エトランゼ様は?」
「どうやら夜ふかしをし過ぎたらしく、もう少し休みたいと」
「ああ、読書で……」
エトランゼ様は、この世界に馴染む為の学習の一環として、図書館での読書を行っている。あっちの世界にも文字はあったが、物語を紡ぐという文化はなかった。
エトランゼ様の言語能力は、俺達を種族を越えてコミュニケーションさせていた事からも、かなり高い。この世界の文字もすぐに習得した。
そして記された物語に多大な関心を寄せて、様々なものを読んでいっているらしい。
昼間は図書館に入り浸り、帰っても借りた本を読みふける。幸いにも図書館の司書は、こちらに着いた時に出会っていて、シャリルの使った指輪の解析にも携わっていて、今更エトランゼ様の事を説明する必要もなかった。
ファーレン伯爵も改めて教育という形でなくとも、本を読むという形で勉強するなら問題ないと判断したらしい。
なので、俺が授業やダンジョンで居ない間も、エトランゼ様は暇する事なく過ごせていた。
「余程気に入ったんだなぁ」
「はい。特に恋愛小説にはまっているらしいです」
「へぇ……」
俺には知識の無いジャンル。特に昨晩も悩んでしまったように、現実の経験も乏しい。本について語り合うというのは難しいか。いや、これを機に俺も何か読んでみるか……?
とはいえ、授業に出てダンジョンの探索を行っていると時間は無いわけだが。
午前の授業が終わり、昼は例によってお食事会。まずはアサリに似た二枚貝の味噌汁。豆腐のものや豚汁とは違う旨味が出ていて、とても落ち着く旨さだ。
俺はこの世界の人間のはずだが、不思議な懐かしさを味わう。
そしてメインに据えられているのは、丸い玉。その形と昨日の収穫から想像するのは、たこ焼きだが、黄金に見える色合い、香ばしいソースも掛かってはいない。
そして手前に用意されたのは、透明感のあるスープだ。
「その玉をこのスープに浸して食べるんです」
「へぇ」
シャリルは感心しながら言われるままに食べる。リオの作るもの、マズイわけがない。
「これは……玉子よね、中に入ってるのは肉ではないけど、弾力があって……噛むと旨味が出てくるわ」
「さすがお嬢様、舌が肥えていらっしゃる」
「これって明石焼きって奴か」
「私も食べたことは無かったんだけど、見様見真似でね」
玉子が多めに使われた生地で、中に入っているのはタコの足。肉と違って、それほど強い味は出てこないが、しっかりと噛めばそれだけ旨味が出てくる。
西洋風の料理が多いこの世界では、少し物足りない味付けに感じるかもしれないが、和食を知る人間には上品に感じられる。シャリルもまたリオの料理を食べ慣れているため、その繊細な風味を感じられるようだ。
「これはまた、不思議な味ですわね」
「スープも本当なら鰹だしがいいんでしょうけど、コンソメで代用してるからちょっと偽物なのてすが」
エトランゼ様も少し不思議そうにしながら、次々と手が伸びている。
「あら、コレは中身が違うのね」
「はい、具材は幾つか仕込んであります」
チーズやエビ、ウインナーなど玉の中はタコとは限らないようだ。それでも俺はタコが一番しっくりときた。
他の面々は、それぞれに好みを探しているようで、一口食べては首をひねりつつ、次を試すという感じで、それはそれで楽しそうではあった。
そんなランチだったが、意外と腹に溜まっているのは、生地がそれなりにしっかりとしていたからだろうか。何にせよ、ダンジョンに向けて英気は養われた。
まずは昨日頼んでおいた鎧を見に行く。本来の鎧であれば昨日の今日で準備できるものではないが、部分鎧ということもあって、ベルトの調整などでそこまでの手間は掛からない。
首から肩に掛けてのパーツは、革のベルトで繋がっているが、自由は奪わず腕の可動範囲が確保されている。胸当ても胴を覆うというよりも、心臓付近を守る程度。腰巻きに前垂れもそれほど厚くなく、足を上げても邪魔にならない。
籠手は手の甲まで覆っているが、グローブの部分は指ぬきになっていて、手先を使いやすくなっている。
防御力より運動性能を優先させるようにとの注文にしっかりと応えてくれた形だ。
「うん、動きやすくていい感じ。サイズも問題ないよ」
「いやいや、もっとしっかりと隙間を埋めないと。着易さ優先と言っても、防具として着る以上、ちゃんとしないといけないさね」
そう言いながらワキワキと指を動かし近づいてくるおばちゃん。その怪しさに逃げ出したくなるが、まだ支払いは終わっておらず、鎧は付けたまま。逃げても学生証で身分はバレてるのでそれも叶わない。
おばちゃんは俺と鎧の間に指を差し入れ、モゾモゾと動かしたかと思うと、カンカンと金属を叩き、全身くまなく撫で回されたかと思うと、スッキリした顔で額の汗をぬぐった。
「これで終いだよ。どうだい?」
「……もう、お婿にいけない……」
などと言いながら、体を動かしてみると、びっくりするぐらい体にフィットしている。さっきまでも動きやすいと思っていたが、体に合わして調整された鎧は僅かな隙間もなく体を締め上げ、それでいて行動を阻害しない。
「何も着てないみたいだ」
「脱いで比べてみてもいいんだよ?」
「遠慮しときます……」
色々と怪しい言動の多いおばちゃんだが、腕はかなりのもので僅かな時間で完璧と思える調整を仕上げてくれた。
「あと武器はコレね」
「これって……フレイル?」
「ああ、ちゃんと知ってんだね。手斧を使うってことだから、同じ様に上から振り下ろす武器として、コレをオススメするよ」
棒状の柄の先に鎖が付いていて、その先にはトゲの付いた重りが5つほど。棒を持って振り下ろすと、この重りが相手に叩きつけられるという武器で、遠心力を利用した攻撃力は打撃武器としても侮れないものがある。
ただ鎖に付いた重りを扱うのは慣れが必要で、下手をすると鎖同士が絡まって武器として役に立たなくなる。
「結構癖の強い武器だと思うんだけど?」
「農民出のアンタなら慣れてるんだろ?」
「ああ、そこまで分かってのチョイスなのか」
フレイルというのは、元々は脱穀機。麦の殻を取るために叩く為の道具だ。俺の村でも使われていて、俺自身もよく手伝っていた作業でもある。
「でも動かない麦と違って、武器として使うのは勝手が違うんじゃないか?」
「基本が分かってれば、難しい武器でもないよ。要は思いっきりぶつけりゃいいだけさね」
などと軽く言ってくれる。とはいえ鍛冶師としてこの帝魔でやっていけているおばちゃんのオススメだ。まるっきりのハズレって事はないだろう。
「わかった、使わせてもらうよ」
「武器にしろ、防具にしろ、しっくり来なかったらすぐに言ってきなよ。合わないのを無理して使ってたら、待ってるのは死だからね」
「ああ、わかった」
軽い口調の目立つおばちゃんだったが、最後のセリフは重みを感じた。多くの生徒をダンジョンに送り込み、その全てが順調ではなかったのかもしれない。
武具は命に繋がる物だ。それを扱う者もまた命を掛けているのかもしれない。
俺はおばちゃんに礼を言って、早速ダンジョンへと向かった。




