我が家での立ち位置
「レント様、お食事の準備が整ってますが?」
おぼろげにそんな声を聞き、思ったより時間が経過しているのを知覚した俺は、浴槽から立ち上がる。
しかし、のぼせてしまっていて目眩を起こし、派手に転倒してしまう。異世界の記憶はあるものの、俺自身は入浴という習慣がなく、のぼせるという体験も初めてだと今になって気づく。
「大丈夫ですか!?」
物音を聞きつけてアイラが飛び込んでくる。俺はチカチカする視界の中で、天井がグルグル回って見えるのをぼんやりと眺めていた。
「ちょっとのぼせただけだが、しばらくしたら治るよ」
そう返事をしたが、アイラは持ち前の筋力で俺を抱え上げると浴室から連れ出し、慣れた様子で体をふいて、バスローブへと着替えさせた。
「あのままでは湯冷めしてしまいますから」
淡々と作業をこなすアイラに、俺はぼんやりと頷くしかできなかった。後で振り返れば全裸を見られて、介抱されたわけで、思春期の男子として恥ずかしい限りなのだが、その時はそんな風には全く感じなかった。
たぶん、アイラの様子に一片の羞恥心も見られなかったからだろう。
この世界の従者として、当たり前の事をしている。その感覚がこちらにも伝わったということだ。
それはまあ、俺が男とは認識されてない、ペットを世話する感覚だということなんだろうけど……。
しばらく安静にしていたら、体を起こせる様になり、側に控えていたアイラから水を貰ってひと心地つく。
「ごめんね」
「そうですね、せっかくの料理が冷めてしまいました。改めて温め直します」
あくまで事務的に返してくるアイラに苦笑しつつ、俺は食堂に向かった。そこにはエトランゼ様が紅茶を片手にリラックスしている。
あっちの世界でも、エトランゼ様の周囲は綺麗に片付けられ、優雅な雰囲気を醸し出していたが、やはりアイラが整頓するこの館内の方が、より優雅な印象を受けた。
「湯浴みでのぼせるなぞ、お子様ですわね」
「す、すいません」
「これからは湯船の中まで介添が必要なのかしら?」
「いやいや、流石にそれは必要ないですよ。ちょっと勝手を違えただけで、次は大丈夫です!」
「そうですか、残念ですわね」
「大丈夫ですっ」
すました顔で紅茶を啜るエトランゼ様に、からかわれたと感じてもう一度念をおしておく。
しかし、口振りからすると介添が居ること自体は否定的ではないのかもしれない。あっちの世界では介添が居るのが普通だったのだろうか。エトランゼ様は貴族だし、身の回りを世話する者がいても不自然ではない。
同じ様にアイラも介添でシャリルやその兄弟なんかの世話をするのが当たり前だったのかも。
いや、異世界の記憶でも一昔前は混浴が普通だったはずなので、俺の持ってる倫理感の方が異端なんだろうか……?
だとしたらアイラやもしかするとエトランゼ様とこんよ……ダメだダメだダメだ。こんなふしだらな事を考えている時点でアウトなのだ。俺は俺の流儀を通さないと、色々と大変な事になるのは目に見えている。
などと悶々と考えていると、アイラが皿を持ってやってきた。
「スープはもう少しかかるので、先に冷菜を。リオ様から頂いたローストビーフもあります」
「あ、ああ、ありがとう」
淡々と給餌するアイラ。ただ肩口から皿を並べられると、距離の近さを感じてドギマギしてしまう。ほんのりと甘い香りも感じ、細いうなじやら、いくすじかの髪がこぼれてる辺りを意識してしまう。
いやいや、ダメだダメだと軽く首を振り、料理へと向き合う。
青野菜とローストビーフの盛り合わせで、ドレッシングが掛けられている。リオが提供したというソレは、見るからに美味しそうだ。
「いただきます」
俺は両手を合わせると、早速いただく事にした。俺が長々と食事をするということは、それだけアイラを拘束するということになるはずだし。
……でも、改めて考えるとアイラが自然と給餌して、それを受け入れているというのも変な話か。
俺はまたシャリルのペットで、アイラはシャリルの従者。立場としては、俺の方が下な気もする。
その事をアイラに確認してみると、返ってきた返事はそっけなかった。
「ペットの世話をするのも従者の仕事ですから」
そう言い切られて、ポッキリと心が折れてしまった。俺は馬や家畜と同じ扱いらしい。
そんな俺とアイラのやり取りをエトランゼ様はくすくすと笑いながら見ていた。




