とれとれピチピチ大漁
タコに思いのほか苦戦した俺は、もう少し8階を探索することにした。装備をまともに整えていない現状では、この辺が限界なのかもしれない。
いくら蘇生術があるとはいえ、俺はソロ。死体を発見されないまま、時間が過ぎてしまうと蘇る事はできない。以前と違って、今ならアイラやエトランゼ様が探しに来てくれる気はするが、それでも死ぬというのは避けたい事態だ。俺は慎重に進む事にした。
そもそも現金をほとんど持ってないのが現状で、魔石を回収するのも大事な目的なのだ。
「それに海産物も獲れるしな」
この世界ではあまり見かけなかった海の産物。異世界の日本という国の記憶を持つ俺にとって、こうした魚や貝といった海の物というのも、どこか懐かしさを感じる食材だ。
食堂に行けばリオもいる。
彼女にかかれば、これらの品々がびっくりするような料理となって出てくる事だろう。それを楽しみにドロップアイテムを期待しながら狩りを行う。
8階の課題というのは、半身を水に捕らわれた状況で戦えるか。水中という死角からの攻撃に対処できるかといった所だろう。
前者に対しては、体表近くの水に干渉して、流れを作ることで対応した。後者に関しては、音響探知をそのまま使っている。
どういう原理かは分からないが、海水を引き込んでいる8階には、魔物だけではなくその他の生物も紛れ込んでいる。ワカメなどの海藻類やサザエやホタテといった貝類。ウニやヒトデといった海特有の生き物など。
魔物ではないので、倒しても魔石にはならず、食べるという文化もないこの地では、その生態系はそのままに、豊富な資源として残されていた。
氷系の魔法を応用したクーラーボックス……そのまま氷の箱だが……にそうした海産物を放り込んでいく。魔力の増加で補強された筋肉は、多少の重量は苦にしない。
魔物としては、イソギンチャクの様に触手を伸ばしてくるローパー。フヨフヨ漂い刺してくるシビレクラゲ。後は赤く攻撃的な蟹のクリムゾンキャンサーなどが出てきた。
近づけると結構厄介な攻撃をしてくるが、機動力はさほどでもない敵なので、氷の鏃を作り遠距離から撃破していった。音響探知がないと擬態したローパーや、半透明なシビレクラゲは気づきにくく、奇襲を受けやすいかもしれない。
あとクリムゾンキャンサーは、硬い甲羅と力強いハサミで近距離で戦うタイプの生徒は苦戦しそうだ。ただそのドロップ品は、カニ脚やカニ味噌といった高級食材。率先して撃破する事にした。
そうやって8階を練り歩き、十分な食材を確保してから、エレベーターポイントへと向かう。
エレベーターとは昇降機の事だが、実際は転移陣の一種である。このネーミングセンスを見ても、ここを造った人が異世界の知識を持ってそうな1つの証拠と考える。
エレベーターの扉の前に、学生証を挿すスリットがついていて、学生証を挿し込むと扉が開く。この時、学生証の情報をエレベーターが記憶して、地上階からこの層までの昇降許可が下りることになる。
つまり、次からはこの8階から探索を再開する事ができるのだ。
あくまで訓練施設なので、低レベルを狩りながらの移動は無駄な時間として、自分のレベルに合った階層へと早く移動できるように利便性を高めているようだ。
確かに授業の後、放課後からダンジョンに潜るのに、いちいち8階まで徒歩で向かっていたら、それだけでかなりの時間を消費してしまうので、かなりありがたい措置だった。
「まあゲームでは当たり前のように行われてる処理だけど」
初期のダンジョン型RPGの頃から、こうしたエレベーターで途中をすっとばして、深くに潜れるシステムはついていた。その知識があれば、ダンジョン造りに活かせるだろう。
「便利な事はいい事だ……が、手のひらで踊らされている感は否めないよなぁ」
そんな事を思いながら、俺は地上へと戻った。
背中に氷室替わりの氷の箱を背負い、学園の食堂へと向かう。そこにはエトランゼ様がまた座っていて、四角く切られたゼリー状のモノを食べている。黄色い粉が掛かっているのはきな粉だろうか?
「む。レント、イカ臭いですわ」
「す、すいません……すぐにリオの所に行きますんでっ」
追い出されるように個室から厨房へと向かう。そこにはリオがいて、何やら煮込んでいるのが見えた。
「君の方からやってくるなんて珍しいじゃない。まだ出し足りないの?」
「ちげーよ、結構魔力を使うんだから、余分には出さねぇ。それよりも買い取って欲しいモノがあるんだ」
そう言いながら台の1つに背中のクーラーボックスを置く。氷で作ったそれは、急造品で気泡が入ってしまい中が見えない。
開けようとしたら、蓋が凍ってくっついてしまっていた。ハンドアックスで蓋ごと叩き割る。
すると出てきたのは、色とりどりの海産物。魚がいないのが少し残念ではあるが、異世界の日本ではそれなりに高級な素材が揃っていた。
もちろん、同じ記憶を持つリオにはそれらが何なのかは理解できるはずだ。
「す、凄いじゃない! こんなに新鮮な海の幸」
「ダンジョンで採れるんだがあんまりココの人は食べないみたいだしな」
「そりゃ、海がないから干物くらいしか入ってこないものっ」
テンションの上がったリオは、嬉々として素材を吟味しながら話てくる。
「海産物の本当の美味しさは伝わらないわよね。でもコレだけの鮮度があれば、見直されるわ……生は抵抗あるだろうから、さっと茹でたとこをポン酢かしらね」
そう言いながらタコの足を茹で始める。赤く茹で上がったタコの足をささっとスライスして、黒みのある液体と共に出してくる。
「俺からでいいのか?」
「もちろん、情報提供者だもの。優先権は貴方にあるわ」
満面の笑みでそう言われた俺は、タコスライスをポン酢に付けて食べてみる。コリコリとした歯ごたえに、強烈ではないが噛むほどに出てくる甘み。ポン酢自体も俺としては初めてで、さっぱりとした味が海産物の臭みを消してくれる。
「うまっうまっ」
そう言いながら出された小皿の5切れほどを続けざまに食べてしまった。それを見てリオは頷く。
「変な毒は無さそうね」
「おまっ、俺を毒味に使ったのかよ!?」
「だって、ダンジョンで採れたものでしょ? 不安にもなるわよ」
「だからって何も言わずに実験させるなよ。魔法で前もって準備とかできるんだから」
「それだと弱い毒がわからないじゃない。食べるのは魔術師だけじゃないのよ」
「それにしたってだな……」
「ホタテっぽいのの口が開いたけど、食べないの?」
「……食べるけどさ」
金網で焼かれたホタテっぽい貝が、ぱかっと口を開けて、シュウシュウと細かな泡を立てながら、エキスをにじみ出している。ほんのり香る潮の匂いが何とも食指をくすぐってきた。
ダンジョン探索をしてお腹は空いている。目の前に美味しそうな貝が口を開けて待っているとなれば、ためらう必要などあるだろうか。
もう毒味でもいいやと思って、次々に試食していった。
その後、毒味が終わった食材をリオも改めて食べていき、十分に食用に耐える事を確認して2人の間で新たな契約が成立した。
それは定期的な海産素材の収集任務。
なんだかんだで異世界の記憶にある日本食。その共通性を持つ俺達は同志だった。美味しいのと同時に、懐かしさもあり、また食べたいと思ってしまう。今後の料理に期待だ。




