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新たな生活

 コンコン。


「レント様、朝でございます」


 ノックの音と外からの声で目が覚める。瞳を開くとそこには見慣れぬ天井があった。寝ぼけた頭が徐々にモヤを晴らしていき、現状を思い出す。


「あ、ああ、今起きるよ」


 帝魔でメンドーサ家に用意された家屋。一夜過ごしただけの新しい我が家の朝は、メイドの声に起こされるというかつて無い経験で始まった。




「お腹が空きましたわ」


 身支度を整えて食堂までやってくると、エトランゼ様は開口一番にそうおっしゃった。両手にナイフとフォークを握りしめた姿は、かつてのローティーンの姿の方が似合っただろう。

 しかし、向こうの世界にいる時にはそんな姿は見せた事はない。農業で作った芋を蒸した時など、喜んで食べることはあっても、飢えた様子などはなく、純粋に嗜好品として楽しむだけだった。基本的に食事を必要としないはず。


「あ……そうか。ここは魔素が薄いから」

「お腹が減って仕方ありませんわ」

「アイラ、エトランゼ様に食事をお願いします」

「はい。リオ様には敵いませんが、精一杯努めさせていただきます」


 あっちの世界では大気の魔素が濃く、魔族であるエトランゼ様はそれこそ霞を食べて体を維持できていた。しかし、こっちの世界ではほとんど魔素は無く、別のものでちゃんとエネルギーを賄わないといけない。

 それがかつて感じた事のない空腹感という形で表れているのだろう。

 そんな待ちきれないエトランゼ様の前に朝食が並べられる。パンにスクランブルエッグ、ポタージュスープにサラダ。シンプルだがこの世界においては豪勢な朝食。


「い、いただきますわよ!?」


 初めて見るであろうそれらに我慢できないとばかりにエトランゼ様は飛びついた。向こうの世界では食事は趣味の領域。男所帯だったあの国では、こうした料理の研究は全く進んでいなかった。

 その様子を見ながら俺も食事に手を伸ばす。派手さは無いがしっかりとした味付けで、バランスの良い食事に仕上がっている。


「うん、美味しいね」

「リオ様に指導されるままに作っただけで、お恥ずかしい限りですが」

「いや。下手な料理人ほど自分を出そうとして失敗するから。上手い人をそのまま真似るのが正解だよ……」


 創作料理と言う名の失敗作……カレーにリンゴとはちみつが合うなら、苺と練乳でもいいじゃないという発想はどうしてできるんだ……を量産していた異世界の姉を思い出しながら俺は呟いた。


 アイラは家事全般をこなすメイドでありながら、シャリルの前衛として戦う戦士でもある。ドワーフという身体能力を向上させる魔力の使い方が上手い種族で、魔力のランクはCながら、その戦いぶりはオークの暴走時に複数のオークをものともせずに撃破していった様でよく知っている。

 オークもまた魔力により身体能力が強化された種族だが、アイラの場合はそこに斧を振るう技量も優れていた。相手の棍棒をかいくぐり、一、ニ撃で屠っていく姿は、鬼神を思わせる。

 弱点としては呪文を使った魔法はほぼ使えないので、至近距離でしか戦えない事くらい。それも俊敏な動きで一気に間合いを詰められるので、そこまで苦になってない。

 空を飛ぶモノに対しても斧を投じる事で対処していた。


 ぱっと見は、丸顔の童顔で少し大人しそうに見えるのが反則だと思う。その上、150cmもない小柄な体なのに、出るところは出ていたりする。シャリルと並ぶと……うむ、圧倒的だ。


「どうかされましたか?」

「あ、いや、朝からしっかり食べるのなんていつ以来かと思ってね」


 元農民の俺に対しても丁寧に応じてくれる貴重な存在だった。昨日はエトランゼ様と2人きりになると気まずいと思ったが、アイラと一緒に暮らすというのもかなり危うい事なんじゃないか?

 主に俺の理性という意味で。


「あ、いけません。そろそろ時間になりそうです」

「まだ食べ足りませんわ」

「学園に行けば、私なんて足元にも及ばない料理人がいらっしゃいますから」

「何! 早く行きますわよ、レント!」


 姿は成長しても中身はお子様といったエトランゼ様の様子にほっこりして邪念を晴らしながら、俺は久しぶりの登校に備えた。




「レント! 行きてたんだな」

「本当にレントだ」

「足もついてるな」


 登校してクラスに入ると、クラスメイト達が集まってきた。アパートの隣室であるニコルソンから話を聞いていたのか、驚きよりも再会の喜ぶ生徒が多い。


「ああ、何とかな」

暴走ランペイジに巻き込まれて行方不明と聞いた時は、もう会えないと覚悟したんだがな」

「俺達も探索に加わったんだぜ」

「学園の単位の為にな」

「そこは嘘でも友情って事にしてくれよ」


 などと冗談混じりに語り合えば、半年のブランクはすぐに埋まっていく。どうやら俺を探すための緊急クエストが発行されて、メンドーサ領やモスコバー領を探索してくれたようだ。


「オークの残党とかがまだ残ってて結構怖かったんだぞ」

「す、すまんな」

「そんで、どこにいたんだ?」


 そう聞かれるのは予測されていたので、ファーレン伯爵などと一緒にアリバイは話し合っていた。


「どうやらオークの集団に流されて、他の領境に運ばれたみたいでな。何とか姿を隠して難を逃れたんだが、森深くで周りも魔物だらけで中々抜け出せなくってなぁ」


 などとそれっぽい話を作って語る。


「最後はゴブリンの集落に潜り込んで、農業を教えながら暮らしてた」

「なんだそれ」

「ゴブリンが農業!?」

「芋を一緒に育てて、結構信頼されてたんだぞ」

「うっそだーっ」


 後半は真実も混ぜて話したのだが、そっちのほうが信憑性がないと思われてしまった。しかし、この時の話が後々に『ゴブリンプリンス』という二つ名になろうとは、この時の俺は思いもしなかった……。

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