半年の成長と新しい住まい
「できましたわ」
俺が書いた文字をまだ意味は分からないままであるが、書き写していったエトランゼ様は、書類を俺に見せてきた。
「うん、確かに。後はよろしく」
「承りました」
アイラに住所を記入してもらって書類を完成させる。名前はともかく、年齢や出身地に関しては嘘が入っているものの、そこは何とかしてもらうしかない。
得意な魔術に精神操作や洗脳、魅了とかを書くと、面倒な事になりそうだったので、ゴーレムを作成したりする造魔術にしておいた。
アイラが書類に住所をしたためる間に、ずっとこちらの様子を見ながら微笑んでいたファーレン伯爵が、名刺大のカードを目の前に並べた。
「レント君は分かっていると思うが、帝魔内で身分を証明する事ができる学生証だ。ここに名前を書いて下さい」
一度書いただけで名前の綴を覚えたのか、エトランゼ様はスラスラと記名する。するとそのカードが持つ魔法システムにより、記入者の魔力が測定された。
そこに現れた数字は、501。A級クラスの魔力だった。
「な、なるほど……」
示された数値を見て、ファーレン伯爵が固まった。数十年に一度の割合でしか生まれないA級の生徒。シャリルに続いてもう1人現れたとなると、色々と騒ぎになるのは必至だった。
その横で俺も記名していたが、現れた数値にこれまた固まる。
「先生……このカード、壊れてますよ?」
「小さなカードだけに組成式はシンプル。誤作動は起こさないよ」
しかし、そこに示されていたのは327。エトランゼ様に比べたら騒がれる程ではないが、元々が1桁魔力だった俺。半年で到達するはずのない数値だった。
最長5年の帝魔生活で、良くて2ランク。大半は1ランクも上げられずに終わる生徒が多い中、EからBまで3ランクも上がってしまっている。それも半年ほどでだ。
帝魔の概念を打ち砕く成長にファーレン伯爵はまたも硬直した。
俺自身、多少は魔力が上がっている実感はある。シャリルの巨大な火球を受け止めた防御陣など、魔法陣を使いながらだが大規模な魔法を行使する事ができるようになっていた。ただ身体能力はさほど変わっていないし、魔法陣を使わない魔法はそれほど向上してないのだが。
急成長の要因はなんと言っても魔素の濃いあの世界に居たことだろう。本来なら過度の魔素に精神を侵され、発狂していたはずだが、エトランゼ様の洗脳によりそれを免れていた。
他人にはあまりお勧めできない発育法だな。正直、生きていられたのは幸運以外のなにものでもない。
「と、とりあえず、細かい部分は進級時に詰めるとして、レント君は今までどおりEクラス。エトランゼ君は、こちらの事を色々と知ってもらわなければならないだろうから、個人授業を受けてもらいたい」
考えを纏めたらしいファーレン伯爵の結論は先送りだった。実際、A級の転入生に3ランク急上昇した生徒は前例は無いか、あっても稀。扱いに困るだろう。
しかし、進級か。半年もあっちの世界にいたために実感はわかないな。このまま進級してもいいのかとも思うし、教わるような魔法の知識は図書館などで自習もできる。司書の青年ならある程度教えてくれるだろう。
エトランゼ様に関しては、ファーレン伯爵に委ねるしかないか。戦力差を考えれば反抗するわけにもいかないし、こちらの常識を教えるというのはそれなりに骨が折れる。教える専門家である教諭陣に任せるほうが無難だろう。
気になるのは変な思想を植え付けられないかだが、同じ家に暮らして毎日顔を合わせるなら変化があれば気付けるはず。少しでも怪しい気配を感じれば、帝魔を敵に回してでも逃げるしかない。
今はまだ大人の意に従うのが得策だろう。
「わかった。それでお願いします」
ファーレン伯爵から改めて身分証が渡され、そこに記された数値に驚く。俺が32、エトランゼ様が50と表記されている。大幅な偽装は難しいが、桁を1つ誤魔化すくらいはできるそうな。
そういう技術が既に存在しているということは、同じような事をしている人間が他にもいる可能性が出てくる。あえて弱く、貴族の位が下がるような事をする理由はわからないが、級数だけで相手を判断するわけにはいかなくなったな。
「こちらです」
アイラの案内でやってきたのは、新居となる住宅だ。貴族らしい一軒家、人の視線を遮る垣根に囲まれた庭付きの2階建て。館と言うには少し小さいかもしれないが、以前の暮らしに比べれば十分な広さがあった。
吹き抜けのエントランスに簡易魔術が込められた照明。1階に個室が4部屋、食堂や風呂場などがあり、2階にも2部屋。2階の部屋はかなり広く作られていて、ちょっとしたダンスホールになっていた。
1階の個室もアパートの部屋の2倍はあり、異世界の基準で言うと十畳ほどの広さになるか。ベッドに机、書棚にクローゼットと生活に必要そうな家具が揃えられている。
エトランゼ様の居城に比べると狭いかもしれないが、様々な魔法具が整っていて照明はランタンなどではなく、魔石を使った照明。風の魔法を使った空調に、氷系の魔法が使われた冷蔵庫など、異世界の便利さに匹敵する環境が整えられている。
「かなり家賃が高そうだな……」
「一応、それらの支払いはシャリル様、メンドーサ家の方で肩代わりできますが」
「そんな事をしたら、また借金生活に逆戻り」
「まだ借金を返された訳ではありませんけど」
「ミノタウロスの肉か金貨1枚な。多分だけど、今の実力ならダンジョンに潜りさえすれば直ぐに返せるさ」
「だと思われます。なので家賃に関してもダンジョンからの収入で支払える額だと思います」
「帝魔で暮らす以上、ダンジョンには潜るだろうからその辺は大丈夫だな」
隣でエトランゼ様がダンジョン? 楽しいかしら? と小首を傾げているが、その辺はまた追々説明していくことになるだろう。
「後は掃除が大変そうだな」
「それは私が担当しますので問題ありません」
「ああ、そうか……ええ!?」
そうすんなりと答えたアイラに納得しかけてから、言葉の意味を理解して驚嘆の声を出してしまった。
「私もこの家に住まわせてもらいます。もちろん、貴方がたを監視する名目とはなりますが」
「な、なるほど」
シャリルの身の回りの世話は大丈夫かと思いかけたが、相手は貴族。アイラの他にもそうした世話係はいるのだろう。
既に居城で共に過ごしていたエトランゼ様と違って、アイラと共に過ごすというのは想定外だった。しかし、よく考えると城で一緒だったのと、2人で暮らすというのはかなり違う事に気づく。どこからともなく現れるシュバインもこっちの世界にいないのだ。
洗脳が解けた今、理性を保つには第三者がいてくれた方が助かるかも知れない。それが同級生の女の子というのが少し問題だが……。
「もちろん、その他の炊事、洗濯などもお任せ頂きますので」
「それは流石に悪いよ」
「いえ、下手に手を出されると邪魔ですので」
プロ意識の高さか、そう答えるアイラ。まあ実際の所、俺の料理は男料理としか言いようのないクオリティだし、掃除、洗濯も行き届いた作業ができるとは言い難い。
エトランゼ様に至ってはその手の事をしたことはないはずだ。城ではシュバインをはじめとした、執事軍団が家事全般を受け持っていた。
「わ、わかった、それもお願いするよ」
単なる監視員という以上に、家での些事全般で頭が上がらなくなりそうだった。




