復学への拘束(しがらみ)
「……分かった。今はおとなしく従おう」
「おわかりいただけて何よりです。元々レント様に危害を加えるような意図はありませんが」
「とりあえず、この縄を解いてくれないか。もう逃げたりしないから」
「そうですね」
そう言ってアイラは俺の背後に回る。後ろ手に拘束した手首を持ちながら、ゴソゴソと何かを探る気配。続けて首筋にヒヤリとした感触が当てられて、思わず身を翻す。
「な、何をする気だっ!?」
振り返った俺の視界に飛び込んで来たのは、アイラが手にした見慣れた首輪だった。
「手首の拘束を解こうかと?」
小首を傾げて不思議そうにこちらを見るアイラ。
「その手に持っているのは何だよ!」
「首輪ですが?」
「何で縄を解くのに首輪が出てくるんだよ!」
「縄を解いた途端に逃げられると面倒なので、先に付けておこうかと」
「付ける前提がおかしいだろ!」
「これはレント様を守る為の首輪なのですが……仕方ありません。エトランゼ様、こちらを付けていただけますか?」
「この首輪は、レントが以前付けていた物ですわね」
「はい。身分証の代わりになりますので」
「待て待て、違うだろ」
「シャリル様に連なる者だと証明する首輪ですが」
「いや、確かにそうかもしれないが、隷属させる意味を持った物だろっ。そんなものをエトランゼ様につけようとするなよ」
「あら、私は構いませんけど。レントとお揃いになりますし」
無邪気にそう告げるエトランゼ様に、何とも言えない気持ちで、重たいため息をついた。
「分かったよ、俺が付けるからエトランゼ様には手を出すな」
「わかりました。では首をこちらに」
近づいてくるアイラに、こちらから近づいて首輪を付けさせた。ようやく解放されたと思ったんだが、妙に馴染むソレを忌々しく思った。
不法入国……入園? になるエトランゼ様を伴って、俺達は帝魔の事務局を訪れた。校舎からは少し離れた場所にある建物で、入り口付近には受付カウンターがあり、職員らしき女性が並んでいる。アイラが根回ししていたのか、顔パスで事務所の奥にある応接室へと通された。
応接室といっても、貴族の館にあるような革張りのソファーに年代物のテーブルといったもてなしの部屋ではなく、簡素なテーブルにパイプ椅子という雑居ビルの会議室のようなソレだった。
そこで待っていたのは、ファーレン伯爵だ。俺達の年代の学年主任であって、シャリルの家庭教師を務めたという男は、三十代半ばといったところか。少しやせぎすなところはあるものの、眉目は整っていてハンサムの部類に入るだろう。
穏やかに笑みを浮かべてこちらに挨拶してくる。
「やあ、待っていたよ、レント君」
シャリルを手駒に、帝国の転覆を企む黒幕。
伯爵と言っても、領地を持たない法衣貴族で、国から賃金を貰って役割を果たす官僚職員だ。異世界の記憶で言うなら公務員といったところか。
法衣貴族は一代限りの爵位で、普通の爵位を継承できない貴族の次男、三男といったあたりがなる場合がほとんどだ。女性の場合は側室に入る事が多い。
もちろん魔力を持った元帝魔生であり、俺にとってはOBにあたる。
「よく無事に戻ってくれたね。シャリルがとても喜んでいたよ」
「はぁ」
ペットが戻ってきて、また利用できるって事だからな。首輪をつけなおせる算段もついていたのだろう。エトランゼ様を盾に取られたら、俺としては従わざるを得ない。
「向こうでの話もおいおい聞いていきたいところだが、まずは復学の手続きを進めさせてもらうよ。それとエトランゼ君だったかな、君の入園手続きも併せて行う方向でいいね?」
「構いませんわ」
生徒とならなければこの世界に居場所がなくなるなら、そう答えざるを得ない。学生という身分で監視されることになるのだろう。エトランゼ様をこの世界に連れてきてしまったのはかなりの失敗だったか。
しかし、当のエトランゼ様は楽しそうに書類を眺めていて、無邪気に話しかけてくる。
「レント、これは何て書いてあるのかしら?」
「ああ、それはですね……」
こちらの文字を読むことができないエトランゼ様に翻訳しつつ、書類を仕上げていった。その作業中、ずっと観察するようなファーレン伯爵の視線がまとわりついていた。
「こちらは、住所……ですわね」
「そういえばアパートを追い出された状態だったな」
「ああ、それでしたら当家の方で用意がございますので、こちらで記入いたします」
「いや、アパートに住めるようにしてくれたら、それでいいんだけど」
「それだとエトランゼ様と別々になりますが、よろしいのでしょうか?」
「え……ああ、そうか」
あのアパートは男子用宿舎だった。女人禁制というほど厳密なルールはなかったが、同居となると問題があるだろう。というか、あのワンルームの部屋でエトランゼ様と暮らすとかあり得ないな。隣のニコルソンをはじめとしたアパートの住人の目が怖い。
……というか、そもそも女の子と同棲とか意識したらもう駄目だな。
「レント様が気を使われると思われますので、さほど大きくない屋敷を用意して、それぞれに個室で暮らせるように準備しております」
こちらの内心を見透かされたようなアイラの言葉に俺は否応もなく頷く。
「わかった、頼むよ」
それがシャリルによる監視の一環だとしても断る事はできなかった。




