権力の魔手
「こちらにおられましたか、レント様。やはり首輪がないと探すのに不便ですね……」
呼びかけられて振り返ると、小柄で巨乳なロリメイド……もとい、ドワーフメイドのアイラの姿があった。後半は何か呟いていたようだが、よく聞き取れなかったが、どことなく不穏な空気を感じた。
「あ、アイラ! お、俺達を捕まえに来たのか!?」
「? 何の事かわかりませんが、帝魔の事務手続きが必要なので、ご足労願いたいのですが」
「そう言って俺とエトランゼ様を捕まえて、処分する気かっ」
「え?」
本気で困惑するアイラ。混乱したその様子に、今なら行けそうな気がした。
「エトランゼ様、逃げましょう」
「ふむ、逃避行ですわね。楽しそうです」
俺は彼女の手を取り、アイラの隙きをみて走り出す。しかし、相手はあのアイラだった。異世界の知識にあるドワーフと違って、筋力強化に魔力を使うアイラは、脚力もかなり優れていて俊敏だ。
かつて教室から逃げ出そうとして先回りされたのを思い出す。しかし、俺も半年の間に様々な力を身に付けていた。
「疾駆」
走り出した角度から更に90度ほど軌道を変えるように風の魔法を発動し、ホバークラフトのように少し体を浮かした状態で加速する。
走り出した俺を捕らえようと先回りした位置で停止したアイラは、その機動についてこれないはず。そのまま一気に風の力を利用して加速すれば、さすがのアイラとて容易には追いつけないはず。
更には……。
「蜃気楼」
自らの後方に風と水の混合魔法を発動させる。細かい霧と風を使って俺の姿をかき消し、更には屈折させて別の場所にいるように錯覚させる魔法だ。
精神に作用する幻術なんかに比べるとあくまで目隠しレベルの妨害にしかならないが、消費する魔力は少なくて済む魔法を開発した。
風の魔法でもあれば、スクリーンになっている霧を吹き散らされてしまうが、魔法は一切使えないアイラなら時間稼ぎができるだろう。
そんな風に考えていた俺だったが、アイラは暴走が多発する地域で鍛えられていた。より実戦向きに訓練を積んできた彼女は、俺の魔法の弱点をすぐさま看破する。
どこからともなく取り出した愛用の大斧を振りかぶり、それを団扇のように平らな面を立てて振り抜いた。アイラの強化された一撃は、多くの空気を巻き込み突風を起こす。
「どわっ」
目隠しの霧を吹き散らし、そのまま俺の背中に直撃。バランスを崩して転倒させられた。そんな隙ができてしまうと一瞬で追いつかれる。
素早く背後に周り、手首を固めて縄を掛けると引っ立てるようにして立ち上がらせられた。
「なぜ逃げようとされたのかわかりませんが、あまり手間をかけさせないでいただけると助かります」
「お、俺をどうするつもりだ。エトランゼ様は!?」
「まずは復学手続きを行ってもらいます。さもないと家も借りられませんしね。身分証もなくされてますよね? まあ、有名人ですからある程度は顔パスで済ませられるかとは思いますが」
「ゆ、有名人?」
「はい、シャリル様の飼い犬として」
「うぐっ」
首輪を付けて学園中を散歩させられた記憶が蘇る。俺はシャリルのモノとして、周知されるに十分な所業だっただろう。
「エトランゼ様は、処分させはしないぞ」
後ろ手に拘束されているが、手足に忍ばせた魔法陣はいつでも発動できる。アイラを傷つけたくはないが、エトランゼ様に危害を加えるのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「エトランゼ様には転入手続きをしてもらいます。魔力はお持ちでしょうから、さほど難しい試験はいらないと思いますし」
「は? 転入?」
「メンドーサ子爵領の分家筋とすれば、後発的に魔力を認知されたとしても、そこまで不思議でもありまさんし、ファーレン伯爵が手を回してくださってますので」
「なん……だと?」
既にエトランゼ様を帝魔に入学させる方向で話が進んでいるのか。シャリルであれば多少の無茶は通すことができるのだろうが、あれだけ魔族を毛嫌いしていた彼女が進んで協力するとも思えない。
となるとキーとなるのは、ファーレン伯爵か。確か学年主任を務める教授で、入学式に俺とシャリルを戦わせた張本人。その後の流れまで狙って襲わせたとなると、かなりの腹黒じゃないのか。
そんな奴にエトランゼ様の処遇を握られるとか、悪手でしかなさそうだ。
「帝魔で過ごすにしても、出ていくにしろ、教授陣や理事長を相手に逃げおおせるとは思わないことです」
俺の内心を見透かすように、アイラが釘を刺してくる。
「……シャリルの家庭教師をやった教授というのが」
「ファーレン伯爵です」
となるとシャリルを手駒に帝国を覆そうとしているのは、その教授自身じゃないのか!
「シャリルは利用されてるだけじゃないか。エトランゼ様を洗脳する魔族とか言って、自分のほうがマインドコントロールされてるんじゃないのか!?」
「あまりお嬢様を見くびらないであげて下さい。お嬢様は暴走を繰り返す領地で傷つく家族や民衆を助けたいのです」
「それなら別に国の制度を変える必要もなく、帝国の幹部入りして指示を出せばいいだけだろう? A級魔術師である彼女なら将来は約束されている訳だし」
「……貴族社会はそんなに単純でもないのです。多少位が高くなったとしても、権謀術策の前には覆る程度の力しかありません」
帝国は君主制をとっていて、その頂点は皇帝だが、それでも我儘し放題というわけではないのだろう。多くの貴族から反感を買い続けていれば、どこかで後ろから刺される事になりかねない。絶対的な魔力を持とうとも、人は休息を取らなければならない以上、どこかで隙はできてしまう。
「その辺りの手法に関しては、ファーレン伯爵に相談されていますが、あくまで主体はお嬢様の発案にございます」
帝国のシステムの改革。思った以上に本気で取り組んでいるらしい。既に周囲をどう取り込むか、自身を守る為にどうするかを考えているのだろう。
そのうちの一つが、俺を囮に矛先をそらすというものも含まれているだろうから、内心は複雑だ。
「何はともあれ、今のレント様には帝魔を相手に立ち回るだけの戦力はございませんでしょう。ここは大人しくこちらの方針に従って下さい」
直接権力を使った脅しをかけらられば、個の力しか持たない俺には、抵抗する術はなかった。




