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帰還

 ドサッという音と共に俺は硬い床の上に放り出されていた。といって、さほど痛みがあるわけじゃない。背中から冷たく硬い感触が伝わってくるので、仰向けに倒れているのがわかる。

 しかし、瞳を開けてみても視界は真っ暗なままだ。夜なのか、明かりのない室内なのか。とりあえず周囲を確認するために身を起こそうとするが、体が動かない。

 どうやら体の上に何かが乗っているようだ。背中側と違って温かさのある柔らかな感触。よくよく感じてみると、顔の上にも何かが乗っているようだ。

 俺は首を動かしてそれをどけようとする。


「ひぁっ、くすぐったいですっ」


 耳元で女の子の声が響いて硬直する。そこを動きを封じるようにさらなる圧力がかかってきた。まずい、このままでは窒息する。

 俺は右腕を動かそうとするが、そちらもがっちりと抑え込まれているようだ。かろうじて動く指先を滑らせると、滑らかな布地の感触がある。あまり触ったことのない感触に何だろうと指を這わせて確認する。


「んあっ、んんっ」


 少し離れたところから艶めかしい声が返ってきた。これもまた触れては駄目な何かという気がする。

 俺は左手に意識を集中する。手のひらに何か重量感のあるモノが載せられているようだ。ずしりとしていて、柔らかなそれもまた柔らかく心地よい手触り。


「おいたは駄目ですわ。まあ、少しくらいなら構いませんけど」


 その声に再び固まる。主に上半身がずっしりと抑えられ、妙に熱がこもってしまっていた。


「シャリルさん、帰ってきましたか!」


 どうにも動けず硬直した俺に届いたのは、少し乱暴に扉を開く音と聞き覚えのある声だった。



 若い男の声にまず反応したのは、顔の上の物体だった。顔にかかる圧力が軽くなったと思うと、視界も少し明るくなる。

 その視界に入ってきたのは、俺を覗き込むようにしているアイラのアップだった。俺の頭の両側に手をついて、体を支えている。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、何とか……」

「すいません、すぐにどきますね」


 そう言って彼女が上体を起こすと、更に視界が開ける。俺の腹に座り込む様になったアイラは、慌てて立ち上がり移動した。

 その姿を追って視線を左に向けると、銀色の塊が視界に映る。至近距離に紫の宝玉がこちらを覗き込んでいた。


「ここが貴方の世界なのですわね」

「え、あ、はい……多分……」


 エトランゼ様はそっと微笑みを浮かべてから、体を起こし始める。それにつれて左手に載る重量も変化して、それが何なのかに理解が及ぶ。


「続きはまた2人きりの時ですわ」

「ふえぇ!?」


 ぽそりと告げられた言葉に、ドギマギする俺を見て、笑みを深くしたエトランゼ様は物珍しそうに周囲を見渡し始めた。



 動揺を残しながらも徐々に自由になってきた体。ただ右側の重みだけは動く気配がなかった。そちらに目を転じると、俺の右腕にしがみつくようにしている金色の塊。両脚で腕を挟み込むようにしながら、ぎゅっと密着している。

 周囲の動きに反応しないところをみると、意識が無いようだった。


「シャリル? 大丈夫か?」

「……」


 返事はない、ただのしかばね……ではないな、しっかり温かいし、鼓動も伝わってくる。


「どうやら魔力酔いしてるみたいだね。しばらく安静にしていたら目を覚ますと思うよ。そしてお帰り、レントくん」


 彼女を覗き込んで様子を見てくれた人は、図書館の司書の青年だった。




 アイラに抱え上げられて運ばれるシャリルを見送り、改めて周囲を確認すると、そこは図書館の自習室だった。以前、魔法陣などを調べる時に使っていた部屋だ。

 そこが片付けられて、床には見覚えのない魔法陣と幾つかの魔法具が並べられている。

 様変わりしていたとしても半年以上ぶりに訪れたそこは懐かしさを感じた。


「本当にレントくんだねえ。混乱しつつも冷静に状況を確認するのを優先してる」

「そんな買い被りですよ」

「いやいや、E級にしてC級の生徒を撃退して、暴走ランペイジでも魔法を無効化していた指輪に気づいて対処したそうじゃないか」

「偶々ですよ……」


 人よりも弱い分、端々に気を配るのは癖になっていた。その過程で打開点を見つけるのは長けている自負はある。そこを褒められてしまうと嬉しくなって照れくさかった。


「で、そっちのはもしかして向こうの?」

「え、あ、まあ、命の恩人でこっちに来てみたいとの事だったので」


彼女が魔族と呼ばれる種族だとわかると、シャリルのように警戒されるかもしれない。それどころか、捕まえて研究対象にとか言い出しかねないのではないか。

 となるとここは彼女の素性を伏せるほうが得策か。


「ふぅん。あんまり変わらないみたいだね。魔物の住む世界だから、もっと肌が青かったり、角が生えてたりするのかと思ったよ」

「流石にそんな事はないですよ」

「まあ、そういう方もおられますけど……」

「そ、それよりも、疲れてるんです。家に帰っていいですか? 詳しいことはまた話に来ますので!」


 エトランゼ様が魔族とバレそうな事を言う前に、部屋へと引き上げよう。


「ああ、そうだね。今日のところはゆっくりするといいよ。復学申請とか色々と手続きも必要だろうからさ」

「は、はい。失礼します!」


 俺はエトランゼ様の手を引いて、図書館を飛び出した。

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