エトランゼ様の技法
エトランゼ様の言葉を聞いて、その場に沈黙が流れた。そして言葉の理解が追いつくに連れて沸き起こった感情は、憤りだった。
「この地をお捨てになるつもりですか!」
左翼砦を守っていた殆どの魔物は討たれてしまった。その原因は目の前にいるシャリルなのだがそれは置いておいて、皆で守った地を捨てるとなると、流石に黙ってはいられない。
しかし、エトランゼ様は静かに首を振って否定した。
「違いますわ。この地は、私と人間で守り、育てていく地。捨てるつもりはありません」
「確かに俺も向こうに長居するつもりはありませんが、それでも指輪に魔力が貯まるまで数ヶ月は掛かります。戦が終結したとはいえ、多大な損害を受けた今、統治者であられるエトランゼ様を欠くことはできません」
「それはそうでしょう」
エトランゼ様は微笑みを浮かべて俺の意見を肯定した。外見が成長した事で、幼さが目立った言動から落ち着いた雰囲気を醸し出している。
そこにはしっかりとした理性が働いていて、あれもこれもと我儘を言っているわけでもなさそうだ。
しかし、俺が元の世界に戻らなければならない事を認めて、待つのは嫌でついてくると言い、この地を空ける事は駄目だと理解した上で、捨てるつもりは無いという。
明らかに矛盾する理論に俺は混乱した。
「人間についていきながら、ここにも居られるようにすれば問題ありませんわ」
ますます混乱を助長する言葉を発したエトランゼ様は、すっと椅子を引いて立ち上がった。そして静かに魔力を練り始める。人間と違って呪文を必要としない魔法の使い方。
やがてエトランゼ様の輪郭がぼやけ始める。また美麗なお姿になるのかと思いきや、その体がブレて見えてきた。
目がおかしくなったように感じて瞬きを繰り返してしまう。するとそのうちにエトランゼ様の姿が、2つに分かれてしまっていた。
「「!?」」
俺は思わず目を擦って何度も瞬きをしながら見つめ直す。しかし、エトランゼ様は完全に二人になってしまっていた。
「私の写し身をこの地に残し」
「私が人間と共に参りますわ」
瓜二つの微笑みをたたえて彼女は言ってきた。
「ええっと、エトランゼ様?」
「「はい」」
「どちらかが写し身で、どちらかが本体という事ですか?」
「正確には違いますわ。どちらも写し身であり、本体でもあります」
「2人であって1人。思考も感情も感覚も共有していますから」
「???」
「私は、元々人々の夢枕に立って、幸せを配る種族。多くの夢に同時に入る事ができるのです」
「では、俺は夢を見ている?」
「私は実体をもって2人に分かれているので、夢とは違いますが……まあ、どちらでも構いませんでしょう? 私はここに居ながら」
「貴方についていく事ができるのですわ」
「な、なるほど……」
「ま、魔族であるアンタを連れて行く事なんてできないわっ」
それに反発したのはシャリルだった。しかし、それを制したのはアイラだ。
「お嬢様、決定権はレント様が持っていらっしゃいます」
そう、指輪は俺に渡っていて、その使用権も俺に委ねられていた。
「アンタ、分かってるの! コイツは多くの魔物をずっと洗脳してきた魔族なのよ」
「そんな事はしないさ。ですよね、エトランゼ様」
「無論、必要も無いのに力を使いませんわ。それに流石の私でも、写し身を使って、この地を治めた上で更に魔力を使うだけのキャパシティはありませんのよ」
「そんな言葉、信じられないわっ」
「だったら、ここに残して行ってやるから、エトランゼ様と暮らしてみればいい。その人柄がわかるだろ」
「そんな事、できるわけないじゃない!」
「だったら、我儘言わずに大人しくついてくればいいだろ」
「なっ、なんで私がおかしいみたいな展開なの!? アイラ!」
「お嬢様、ここは敵地です。孤立無援では、流石のお嬢様でも分が悪いでしょう。ここはレント様にお任せしてください」
「こんな城、一瞬で灰にしてやるわ」
「お・じょ・う・さ・ま?」
「……仕方ないわね、少し譲歩してあげるわ。向こうについたら、しっかり監視させてもらいますからっ」
アイラが唐突に放ったの言いようのない圧力に、シャリルの目が泳ぎ、その言葉に従った。
シャリルの我儘ぶりから、一方的な上下関係かと思っていたが、そうでもないらしい。
監視はある程度仕方ないところだろう。俺はエトランゼ様を信頼しているが、それも洗脳の後遺症と言われると強く否定できない。
半年一緒に暮らした記憶全てが作り物とは思えないから、エトランゼ様の本質は穏やかで争いを好まないものだと思っている。
「じゃあ行くとするか。エトランゼ様、よろしいですか?」
「ええ、私がいますから大丈夫です。人間もすぐに戻ってくれるのでしょう?」
「ああ、早いうちに行き来できるルートを構築して戻ってくるつもりです」
「楽しみにしています」
そう言って、エトランゼ様の1人が俺の側を離れる。もう1人のエトランゼ様は、スルスルと俺の腕にしがみついてきた。こっちのエトランゼ様が一緒に行くという事なんだろう。
「そんなにくっつかなくても範囲に入ってるわよ」
「初めての魔法に少し不安なのですわ。よろしいでしょう?」
「ま、まあ、大丈夫です」
ゴシックドレスごしでも分かってしまう柔らかな感触に、ドキドキしてしまうがそこは何とか理性で押さえつける。
ただ長時間は持ちそうにないので、すぐさま転移を開始することにした。
指輪を取り出し、先程教わった呪文を唱えていく。
「時空の間に在りし扉、その不可視の門を開く鍵とならん。解錠」




