アイラへの条件
「いい加減になさいませ、お嬢様っ」
ドンという音と共に、首根っこを抑え込まれていた圧力が消えていった。
「ゲホッゴホッゴホッ」
圧迫されていた気道と頸動脈が開放されて、呼吸できるようになると、自然と咳がこぼれ出る。血流不足からかチカチカしている目を瞬かせて、視界の回復を促していると、俺の上には白いフリルのついたスカートが揺れていた。
「いくら蘇生魔法があるとはいえ、つまらない争いでレント様の命を奪うのはおやめなさい!」
「え、いや、その、そんなつもりは、なくてね……」
いつにない強い口調のアイラに、シャリルが気圧されている。
「それとエトランゼ様でしたか。確かに魔力は使っていないかもしれませんが、怪しげな毒素を出しておられますね?」
「ど、毒素ではなく、私のフェロモンが……」
「レント様にとっては単なる毒です!」
そう言い切ると、まだ麻痺術が残り、血脈もおかしくなって動けない俺を抱き上げると、アイラは歩き出した。
「お二人とも、レント様を害するだけのようですので、私が身柄を預かります!」
有無を言わせぬ強さで言い置いて、アイラは俺の部屋を後にした。
「申し訳ありません、レント様」
「いふぁ、はふふぁっふぁ。ふぁひふぁほー」
アイラに連れてこられたのは客間の一室。今はアイラに貸し出されている部屋だった。そのベッドの上に座る俺に対して、アイラは深々と頭を下げた。
それに対して気にしないように伝えたいが、まだ口の中の麻痺が残っていてうまく言葉にできなかった。
「まずは治療いたしますね」
そう言ったアイラは、俺の背後に回ると肩を掴んで体を固定し、肩甲骨の間辺りをパシンと叩いてきた。すると叩かれた箇所からじんわりと温かさが戻ってきて、動かなかった体が解れてくる。
「あーあー、あいうえお。ありがとう、治ったみたいだ。シャリルは麻痺術とか言ってたけど、呪文の詠唱とかなかったよね?」
「はい。魔法とは違って、相手の体に直接魔力を打ち込んで、相手の魔力の流れを乱すことで、動きを封じたりできる術でございます」
なるほど。異世界の記憶で言う気功術みたいなものか。魔力がある世界だけに、その影響力はかなりのものになるみたいだけど。
「やはりかなりの傷跡になってますね。冷やしますので、少々お待ちください」
首筋を見ていたらしいアイラは、そう言い置いてベッドを離れ、洗面台で手ぬぐいを濡らして帰ってきた。
それが首筋に当てられると、ひんやりとして心地よい。
「お嬢様に謝らせるつもりでしたのに、あんな事になってしまって申し訳ないです」
「アイラは悪くないだろ。あの暴力女が酷いだけで……アイツに謝罪なんて無理なんだよ」
「本当は優しい方なんですけどね。レント様の事になると、ムキになってしまうようで」
「自分の所有物だとか思って、財産の一部と思ってるだけだろ」
「そんな事はありませんよ。それだけレント様が特別というだけで……」
いつも喧嘩腰だし、暴力に訴えてくるし、シャリルの側にいても気の休まる事はない。
「多少なりとそうした気があるとしても、俺としてはお断りだね。側に居て欲しいのはアイラのような女の子だよ」
「っ!? じょ、冗談でも、そんな事はおっしゃらないで下さい。私は、お嬢様に仕える身ですので」
「ああ、そうだね。俺のせいでアイラまで酷い目にあわされたらたまらないよね」
「そういうことじゃありませんけど……」
アイラはぼそぼそと小声で何かを呟いたは、首筋の手ぬぐいを持って再び洗面台の方へ。水に浸し直して、持ってきてくれた。
そして何かに気づいたのか、急に視線をそらして背後に回った。
「ん、どうしたの?」
「あ、あの、レント様。そちらも治療した方が良いでしょうか?」
「治療?」
「そ、その、腰の……」
耳元で呟かれる言葉に視線を落とすと、何というが局所的に腫れ上がっている箇所があった。
「なっ、えっ、なんで!?」
ナゼ今まで気づかなかったのかというほど、ズボンを押し上げるモノがあった。それを同級生の女の子に指摘されるとか、何たる事だ。
「やっ、だ、大丈夫、なんか、たまに、あるから!?」
「エトランゼ様の毒気にやられたのだと思います」
「へ?」
「エトランゼ様は、異性に対して強力な魔力を発揮するタイプの魔族のようですので、その力にあてられておられるのだと」
背後から耳元で説明してくれるのだが、羞恥から血が頭に昇ってしまってまともに考えられない。
「こ、こんなの、男の、生理現象だから、ほっとけば、治るからっ」
「そ、そうでございますか。もし辛いようなら仰って下さい」
そう言いながら少し離れてくれた。でも仄かな甘い匂いやら、さっきまで触れられてた部分を意識してドギマギしてしまう。
「あの方はやはり魔族で、人間にはあまりよい影響は与えないと思います。それにここの空気も多分に魔素を含んでいて、人間には適していません。お嬢様の事がなくても、元の世界に戻ることをお勧めしたいのですが……」
「……そうだね」
少し冷静になってきた頭でアイラの言葉を考える。元々は既に元の世界に戻るつもりはあったのだ。エトランゼ様に迫られるとも思っておらず、そこにシャリルが乱入した事で混乱したが、基本的には一度戻るつもりなのだ。
「ただこの世界で出会った仲間を、このまま放置することもできない」
「それは……」
「だから、俺が帰るために出す条件としては、この世界に来るのに使った指輪と、その方法を教える事だな」




