エトランゼ様の誘惑
正月にかまけて、かなりあいてしまいました……。
「帰ってしまうのか、人間」
シャリルが逃げ出し、アイラが部屋を辞すと、残されたエトランゼ様と二人きりになってしまった。
ベッドに乗り出すようにこちらの表情を伺うエトランゼ様は、いささか無防備で目のやり場に困る。
というより、近くに彼女がいると鼓動が早くなるのを意識してしまう。今までそんな事はなかったのに……これも洗脳が解けたせいなのだろうか。
「帰るつもりではあります。向こうには俺の家族もいますから。ただこちらに戻ってくるつもりです。シャリルがこちらに来れるようになったという事は、俺も行き来できるという事ですから」
こっちの世界と元の世界。例の指輪で行き来できるなら、どちらかに絞る必要はない。向こうの世界を守りながら、エトランゼ様の支配地を豊かにする事ができる。
俺としては会心の案だと思ったが、俺をじっと見つめるエトランゼ様の瞳は鋭い。俺は何かをやらかしたのか?
「結局、あの女は人間の何?」
「シャリルは、俺を借金で縛って言うことを聞かせてきた雇用主……か」
「本当?」
「あ、ああ……」
エトランゼ様の視線は険しいままだ。
「その割には楽しそうですわ」
そう言って、プイッと横を向く。わかりやすく拗ねるエトランゼ様を可愛く思いながら、俺は彼女の意見を否定する。
「そんなこと無いさ。ずっとひどい目にあわされてきたんだ」
帝魔の入学式で全身を火傷させられ、強制的に借金を背負い、負け犬の証のような首輪を付けられた。
その姿を学園を練り歩く事で見せつけられ、それを見て数多の生徒と決闘する羽目になる。
暴走に駆り出されたのは、いい経験ではあったが死ぬ寸前まで陥る事もあった。
いい思い出なんて、リオが美味しい異世界料理を振る舞ってくれたくらい。つまり、シャリルには恨みしかない。
見目は麗しいかもしれないが、艶っぽい事など全くなかった。
「俺にとってはエトランゼ様の方が……」
とつぶやきかけて、何とか踏みとどまる。俺は何を言おうとしたのか。エトランゼ様は敬愛する守るべき主。邪な考えなんておこがましい。
なのに無性に鼓動が早くなってしまう。
言いよどんだ俺に対して、エトランゼ様は不服そうにしながら上目遣いに睨んでくる。その仕草がまた俺の心に突き刺さった。呼吸すら忘れて視線を外せない。
「私の方が大事だと思うなら、証拠を見せて欲しいですわ」
そう言って紫の瞳が閉じられる。両手を俺の体について、半ばのしかかるようにしながら、端正な顔立ちが正面にあった。
薄手のワンピースは、肩紐の片側がずりおち、発育途上の胸元が危ういところまで露出してしまっている。
エトランゼ様の緊張を示すように、僅かな震えが伝わってきた。
瞳を閉じて顎を上げるようにこちらに突き出してくる姿。これはそういうことだよね!?
しかし、半年ほどの付き合いでどうして俺を……と思い起こしてみれば、周囲はゴブリンやオーク、側近のシュバインは骸骨。エトランゼ様は見目麗しい魔族で、美的感覚的にも俺達に近いらしい。選択肢がなかったから俺なのか……いやいや、農業とか楽しんでくれてたし、そのへんで好感度が上がっていたのだろう。
何はともあれ、待たせてしまうのは紳士として失格になってしまう。ここはぶちゅっと接吻を決めねば!
意を決してエトランゼ様の両肩に手を添えてそっと抱き寄せ、更に近づいた唇へと吸い寄せられていく。
「ずだらっしゃーっ」
しかし、次の瞬間には訳の分からない絶叫と共に、俺は大きく弾き飛ばされていた。
「何勝手に洗脳されそうになってるのよ!」
「あら、洗脳ではございませんわ。ただの誘惑です」
壁までゴロゴロと転がり、逆さまになりながらベッドの上を見てみると、片足を振り上げたままの体勢のシャリルと、それを見上げるエトランゼ様の姿が。
A級魔術師の強化された体で、一瞬にして間合いを詰めて、飛び蹴りをかましてきたのか。よく死ななかったな、俺……。
「ちょっと目を離すとすぐに色気づいて、この駄犬がっ」
「あら、色気が微塵もなくて振り向いてもらえないのを、人間のせいにするのは筋違いでしてよ」
「何よ、そっちこそツルペタな淫魔の癖に!」
「この姿は魔力を浪費しないための措置。本来はもっと艶やかでしてよ」
「自分で言ってて恥ずかしくないの?」
などと俺をそっちのけで、やりあい始めた。
「仕方ありませんわね、貴女を絶望させてしまいますわよ」
「やれるものなら、やってみなさいよっ」
そんな稚拙なやりとりの後、エトランゼ様は魔力を練り始めた。




