シャリルの内心
「え……ち、違う。これはそんなじゃなくて、魔素が目に染みて……そうよ、そう。ここって変に魔素が濃いから、目に来るのよ!」
ポロポロと涙をこぼし始めた事に一番驚いていたのは、シャリル本人だったらしい。しどろもどろに言い訳をしながら、顔を真っ赤に染めていく。
「違うんだから〜」
そして、いたたまれなくなったのか、くるりと振り向くと、部屋から駆け出していった……。
シャリルに涙を武器に使うような器用さはなかったようだ。
「何だったんだか」
「お嬢様は自分の思惑の為に巻き込んだレント様を気遣っておられます。十分に安全を確保した上で、功績をあげさせて知名度と信頼を得させ、地位を向上させるつもりでした。しかし、まさか暴走を率いるオークの存在、次元の歪みに巻き込まれるとは思わず……かなり心配しておられました」
「会うなり殺されそうになったんだが?」
「例の首輪でレント様が洗脳されていたのは分かっていました。重度の洗脳を無理に解こうとすると精神に影響が出かねないので、一度殺して蘇生させた方が確実だったのです」
「そんな無茶苦茶な理屈、信じられるかよ」
「あの首輪を解除すると、精神的な束縛、呪いの類は強制的に解呪される仕組みになっていました。そして、洗脳が解かれた結果、自我と精神の歪みに耐えきれず、3日間眠る羽目になったのです」
「3日? 3日も経ってたのか!?」
じっと俺とシャリルのやりとりを隣で見ていたエトランゼ様は、申し訳なさそうに眉を歪めながら頷いた。
「ちゃんと慣らしてから解呪すれば問題なかったのですわ。でもあの女が無理矢理に解いた為に、精神が耐えられなかったのです」
「そ、そうか……」
改めて洗脳されていた事実に向き合うと、脳裏にチリチリとした痛みを感じる。本来の自我と洗脳された思考との齟齬が、脳に負荷をかけてしまうようだ。
それと同時に洗脳されたいた事による恩恵にも思い至る。
暴走が起こる原因は、魔物の死によってばらまかれる魔素。その濃度の高い魔素に晒された魔物は、理性を失い暴走してしまう。
そしてこの世界は、俺の生まれた世界に比べてかなり魔素が濃い。もし洗脳されていなければ、理性を削られ正気を保っていられなかっただろう。
「それは結果論ですわ。私は自分を守る駒として、人間を利用したに過ぎません」
「それでも守られた。俺が狂わずにいられたのは、エトランゼ様のおかげです。ありがとう」
「そ、そう……」
「お嬢様は感情を表現するのが苦手です。それは生まれ育った環境によるものも大きいですが、かなり不器用。それはレント様も気づいてらっしゃいますよね」
「まあ……なぁ」
ツンデレ乙。
という異世界の言葉で片付けるほど野暮ではない。生まれてしばらくすれば、その内包した魔力の巨大さは知れただろう。10歳でようやく検査を受けて、魔力が発覚する農村と違って、周りはみんな魔術師だ。その才能に気づくのはかなり早かっただろう。
「お嬢様が生まれてから、血縁を名乗る貴族が多く訪れるようになったそうです」
魔力が絶対的な評価のあの世界において、将来有望な子供とお近づきになっていて損はない。
異世界で宝くじに当たったようなものだろう。おこぼれにあずかろうと、人々が集まってしまった。幼い頃からシャリルを手懐けようと様々な誘惑を受けてきた。
美味しいお菓子や綺麗な服、アクセサリー、中には年齢の近い息子を差し向けたりとちやほやされて育ったのだ。
しかし、その奥にある下心がまるで隠せていない。幼い子供というのは、そういうのに敏感だ。シャリルは早熟を余儀なくされ、表と裏を使い分けるようになっていく。
「結果として外面は、高飛車で我儘なお嬢様という周りが望む姿を装っています」
「人をペット扱いして脅迫する姿は、とても演技とは思えないがな」
「長く演技を続けていると、本人もどちらが本当なのかわからなくなるのです」
「もうそれは本性が我儘なお嬢様って事じゃないか?」
俺の意見は綺麗にスルーして、アイラは続けた。
「大人の欲望にまみれ、己を装うことが常態化したお嬢様は、自分の感情を出すのが苦手です。そんな中、感情を表に出して言い合えるのがレント様なのです」
「な、何でだよ……?」
「お嬢様を利用しようと近づく存在ではないからです。圧倒的な魔力に晒されても、平然と言い返すだけの度量。恐怖を知らない馬鹿なの……い、あ、勇気の持ち主だと」
慌てて言い直すもしっかりと聞こえてしまった。普段は澄まし顔のアイラは、腹の中ではそんな評価を俺に下していたわけね。
共にお嬢様に仕えている身として、多少は親近感を抱いていたのに……。
「コホン。お嬢様を利益の道具ではなく、1人の女の子として見てくれるレント様は、お嬢様にとって、大切な存在なのです」
「そんなのアイラやリオもいるだろう?」
「私達の場合は、お嬢様に助けられたという恩義があり、どこか遠慮が透けて見えてしまうようです」
「俺は被害者だからな。遠慮なんかしてられるか」
とはいえ、この世界では、地位が最優先。無礼討ちがまかり通る世界だ。異世界のように人権が保証されているわけでもない。
「というわけで、レント様はお嬢様にとって特別な存在。側にいて欲しい人なのです」
「他人に利用されたくないと育った人間が、他人をいいように利用しようとは、虫のいい話だな」
「もちろん、一方的に利用しようとは思ってません。それなりの地位、報酬は約束します」
「最初にそう提案されてたら考えもするが、さんざんにやられてからそう言われてもなぁ」
正直、そこまで意固地になることもないのだ。元の世界には俺の両親、家族が暮らしている。この世界から魔物が襲いに行くとなれば、側で守ってやりたいと思う。
単純にシャリルの思惑に乗らされてるという感覚が許せないだけだ。
「そうだなぁ、シャリル本人が今までの行いを謝罪するというなら、考えてやらんでもない」
「わかりました。お嬢様に伝えます」
そう言ってアイラは部屋を出ていった。




