シャリルの野望
「野望とはまた穏やかじゃなさそうだな」
「私は皇帝になるわ。そしてあの世界の身分制度をひっくり返す」
シャリルはそう言って俺の方を見据える。
「その為にはアンタの存在が必要なの」
「人の事をペット扱いしといて何言ってんだ?」
「それはソレが必要だったからよ。それを今から説明するわ」
そう言ってシャリルは一方的に説明を始めた。
シャリルの生まれたメンドーサ子爵領は、魔物による暴走が頻発する地域だ。シャリルが生まれてからだけで3回発生している。
前もって警戒をしているとはいえ、定期的に農村が壊滅し、押し戻すために戦う者達は傷つく。
特に6歳の時に起こった暴走では、前回の発生の翌年という事もあり、十分な準備が整っておらず、少し対応が遅れた。さらには長男、次男が帝魔に入っていたこともあり、即座に対応できたのが両親だけ。ゴブリンの暴走であったが、かなりの傷を負ってしまった。
帝国からの派兵はあったものの、隣領の領主からの援軍もなく、領民に何人もの死者が出てしまう。潜在魔力の高さは当時から期待されていたものの、まだ魔法を使えないシャリルは傷つく両親を助ける事もできずに歯がゆい思いをしたらしい。
その時から『魔物を倒すために魔力を授かった』という貴族の立場に疑問を持ち始めていた。
そして12歳になり、地方領主の館で魔法を勉強するにあたり、周囲のお気楽な貴族達の振る舞いに憤りを覚え、改革の草案を練るようになっていく。
その頃には破格の魔力が顕現していて、個人的な教師が付くようになった。その教師に対して、貴族の在り方について意見ぶつけて、どうすれば良いのかを話し合ったそうだ。
「そして国を大きく変えるには、トップに立つしかないと結論が出たのよ」
「へぇ〜……」
熱く語るシャリルには悪いが、所詮俺には他人事。勝手にやってくれと思ってしまう。幸いにもうちの村は暴走に襲われるどころか、野良魔物すら寄り付かなかった地。あまり実感がなかった。
貴族同士の権力争いなんてどうでも良い。
金を稼いで両親に恩返しができればそれで十分だ。
地方領主のバカ息子によるイジメは腹立たしくもあったが、単なるガキ大将の力自慢であり、異世界の記憶を持っていて精神年齢の高い俺からすると、未来永劫続くものでもない一時のやんちゃで片付く問題だった。
異世界のうさぎと亀の逸話を知る俺としては、自分の将来を見据えて地道な努力をする方が大事。魔法の研究の方が楽しかった。
まあ、帝魔に入るなり首輪まで付けられて、ペット扱いされるとは思わなかったが。
「でも頭から抑えつけただけじゃ、世の中は変わらない。すぐにかつての栄光に縋る輩に押し込まれる」
「分かっててやろうとしてるのか」
「私だけで無理なら、仲間を集める」
それが亜人であるアイラであり、平民であるリオなのだろう。亜人は全ての人が魔力を持って生まれるが、ほぼ貴族にはなれない。一部種族の長が、貴族扱いを受けるだけだ。画期的な料理を生み出しているリオにしても、立場としてはかなり弱く、下手に目立ちすぎると貴族のお抱え料理人から迫害を受ける可能性が高い。
「能力を持つものがちゃんと評価され、力を持つものが皆を守る世の中にしたいのよ」
シャリルの掲げる理想は、当たり前の事だと思うが、この世界でも異世界でも実現されない。
「だからといって諦める理由にはならないわ。私は虐げられている人を知っているし、力を持っていても使わない人がいる。それを止めたいの」
「全ての人を助けられるわけじゃない。新たな歪みを生むだけだよ」
「だったらそれも直せばいい。障害があるからって諦めるくらいなら、ぶつかって傷つくほうがいいわ」
「……まあ、やりたいならやればいいんじゃない。俺には関係な……」
「その為にもアンタは必要なのよっ」
我関せずの姿勢を示そうとした俺の機先を制するようにシャリルに詰め寄られた。両肩を掴まれ、正面から睨まれる。
「魔力が最低ランクで、待遇も底辺のアンタが成り上がっていく姿が、新しい世界の象徴になるのよ!」
「勝手に決めるなっ、底辺に追いやった奴が何を言ってんだ!?」
あまりな提案に俺は反発する。自分の野望の為に、俺をペットに従属させて、そこから這い上がれだぁ?
勝手を言うにも程がある。
「ちゃんとそこから這い上がれるようにルートも作っている。現にオークの暴走を食い止めた功労者として、アンタの地位はかなり向上してるし」
「そんな知らないとこで評価が上がっても、俺に恩恵ないじゃないか」
「だからちゃんとこっちの世界に帰ってきてよっ」
そう叫んで俺を見つめたまま、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた……。




