混乱からの目覚め
「んんっ……」
鈍い頭痛を感じながら目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。エトランゼ様の居城にある俺の部屋だ。かなりの年月が過ぎた石造りの城は、天井もまた石でできている。
「そうだ、オークはっ! ぐぉっ」
危機的状況にある事を思い出し、慌てて上半身を起こしたら、ガンガンと頭が痛んだ。中がぐちゃくちゃにかき回されたような何とも言えない痛みに、頭を抱えて動けなくなる。
「おお、人間。目が覚めたようですわね」
慌てた様にやってきたのは、銀髪の少女。足元まで伸びるストレートの銀髪が、彼女の細い体を包むように踊っている。光に包まれたような淡い色彩の少女。白い簡素なワンピースがよく似合っている。
憂いの見える淡い紫の瞳が、じっと俺へと向けられて、思わず視線を外してしまう。自分でも驚くほどに鼓動が高まり、頭へと血が昇る。
エトランゼ様だ。
分かってはいるのだが、わからない。
何でこんなに胸が高鳴っているのか。今までそんな事は考えもしない。超が付くほどの美少女が、俺を気遣うように近寄ってくる。直視できないのに、その気配は全身で感じようと意識が研ぎ澄まされた。
「どうしたのですか、人間?」
俺の事を下から覗き込むように顔を見せてくる。思わず仰け反り、ベッドへと倒れ込んだ。
「早速、魅了しようとしてんじゃないわよ」
その声に視線を動かすと、そこには金色をまとったこれまた美少女が立っている。頭の横で2つにくくられたツインテール。ブレザー系のブラウスを身に着けた少女もまた俺の方へと歩いてくる。
「別に魔力など使っていませんわ」
心外だというようなエトランゼ様。頬を膨らませてシャリルを振り返る姿が何とも可愛らしい。
そう感じてまたもや動揺する。
エトランゼ様にそんな感情を抱くなんて、あってはならない事のはず。というより、もっと身近で半年を過ごしてきたはずなのに、今更こんなにも意識してしまう状況に混乱してしまう。
「レントはまだ回復しきってないんだから、アンタの存在自体が毒なのよ」
「何を言う、失礼だろっ」
「何? まだ洗脳が解けてないの?」
「洗……脳……?」
その言葉でようやく意識を失う直前の事を思い出してきた。
シャリルによって付けられていた首輪。それを外すためのワードが発動すると、俺の脳にかかっていたモヤが晴れるように、意識がはっきりしていった。
その中でこの世界に来てからの日々がネジ曲がるように歪に悲鳴を上げて襲ってきたのだ。
魔物達と違和感なく打ち解け、エトランゼ様に尽くす喜びの為に全てを疑問もなく受け入れていた。そこに多大な思考の誘導がなされていた事実に、俺の自我が大きく軋み、正しい状態を取り戻すために、思考を整理するために、意識を失ってしまったのだ。
「記憶の整理が終わったという事か」
「わかったかしら? アンタがこの女に良いように操られていたって事が。ここが偽りの平和で作られた国だってことが」
再びベッドに身を起こした俺の側まで来たシャリルが諭すようにそう言い放った。
「私はただ皆で穏やかに過ごしたかっただけですわ」
「その為に人の意思を刈り取って、アンタのいいように操って来たって事よね」
「弱肉強食のこの世界で争わないようにするには致し方ない事ですわ」
「そんなのアンタの都合でしょ。自由を奪われる方の身にもなってみなさいよ」
「それを首輪で縛り付けてたお前が言うかよ」
思わず出た憎まれ口に、シャリルはキッとこちらを睨む。
「私はちゃんと選ばせたわよ。知らぬうちに有無を言わさず従えるなんてしないわ」
「致命傷負わせて、回復するかどうかなんて選択肢じゃねーっ」
そう怒鳴ったお陰か狂っていた頭の波長が元に戻っていく。今思うと不自然な程に魔物達にとけ込み、意気投合できていたのはエトランゼ様の洗脳の効果だったようだ。
それを省みて感じたことは……。
「エトランゼ様、ありがとうございます」
「!?」
「何でよ!?」
まだ直視するのに抵抗を感じつつも、俺はエトランゼ様へと頭を下げる。それに対してエトランゼ様は息を呑み、シャリルからはツッコまれる。
「何故ですの? 私は自分の良いように人間をコントロールしたのですよ?」
「前の世界の知識しか無い俺が、この魔物ばかりの世界で目覚めていたら、片っ端から戦っていくしかなかった。そうすればさほど強いわけでもない俺は、程なく力尽きていただろう。そこをエトランゼ様に拾ってもらえて、洗脳してくれたお陰で生き延びることができたんだ」
「そんなの結果論じゃない!」
食って掛かってくるシャリル。そんな彼女に俺は笑みを浮かべる。
「そう、結果だ。理想論ではなく、結果が大事なんだよ。エトランゼ様がいたお陰で何百という魔物が、種族を超えて共存できている。その結果こそが素晴らしいじゃないか」
「そんなの私は認めないわっ」
「別にお前に認めてもらう必要は無いがね」
「ぐぬぬ……」
俺の様子にシャリルは唸りながら睨みつけてくる。
「だからエトランゼ様には本当に感謝しているんです」
「そ、そう……」




