支配の首輪
「アンタなんかに負けるなんてっ」
「俺はいつだって努力してるからな。かつて勝てたとしてもそれはその時の俺ってだけだ」
「わ、私だって、努力はしてるわよっ」
確かに魔力に驕ることなく剣術にもかなりの修練が見える。魔法の方ももちろん先の巨大な火球をみれば能力を伸ばしているのは伺えた。
しかし、それはあくまで個人としての技量。仮想敵とのシミュレーションの結果でしか無い。俺のように魔物達を相手に、より強い敵と戦ってきた経験と比べると、駆け引きという面で大きな成長はできなかったのだろう。
「お嬢様は魔力を使いすぎです。万全であればレント様程度、姿を見る間もなく倒せます」
そのお嬢様の魔力で吹き飛ばされていたアイラが、ようやく戻ったきたようだ。その表情にはこちらを責める色が見える。
「お嬢様がどれだけの魔力を費やして、この世界への扉を開いたと思っていらっしゃいますか?」
「べ、別にコイツの為じゃないわ。暴走の調査の為なんだからっ」
「あの日、オークの持っていた指輪から放出された魔力でできた歪。そこに呑まれて姿を消したレント様。首輪の探知魔法でも見つからない場所に飛ばされたと知り、お嬢様がどれだけ心配して、指輪の解明に時間を費やされた事か……」
切々と訴えるアイラに、赤面してわたわたするシャリル。その姿に俺は……何の茶番かと心の芯が冷えるのを感じた。
「単に自分の所有物がなくなったから探したってだけだろう」
「!?」
「そそそ、そうよ、当然よ。アンタの全ては私のモノなんだから、勝手に失せられても迷惑なだけなんだからっ」
俺の言葉に息を呑むアイラと、脊髄反射的に憎まれ口を叩くシャリル。懐かしさを感じつつも、やっぱりかという印象で、自分でも驚くほどに心が揺れなかった。
「エトランゼ様、この女の処分はいかがいたしましょう?」
俺は剣の切っ先をシャリルに突きつけながら、主へと振り返る。魔力で障壁を張れるシャリルに一撃で致命傷を与えられるかは不明だが、抑止としては十分だろう。
傍らに立つアイラも手にした斧を構えることはない。
エトランゼ様は、戦闘が終わったのを確認して、こちらへと歩み寄って来ていた。
「そうですわね、減らされた仲間を増やす為に使ってあげてもいいのだけど、その魔力を押さえ込んでおくのは厄介ですわ。このまま大人しく帰るなら、見逃してあげてよいのではないかしら?」
「エトランゼ様の慈悲だ。このまま大人しく帰るんだな」
俺はシャリルへと決別の言葉をかける。それに対してシャリルは泥にまみれたままこちらを見上げてきた。
「あ、アンタはっ、そのままでいいの!?」
「そのままとは?」
「魔物だらけの世界に飛ばされてきて、魔物に囲まれて過ごすのが。今日も魔物と戦ってたんでしょ!?」
「確かに今日も戦っていた。でもそれは帝魔でダンジョンに潜ってるのと変わらない。ただこの世界なら、肩を並べて戦える戦友がいる。俺の事を下に見て、差別するような奴はいない」
エトランゼ様の下に集った仲間たち。土地を豊かにして、仲間と過ごす日々は安らぎだ。外敵に襲われる事はあるが、一緒に戦える仲間がいれば怖くはない。頼りにもされている。
「それはその娘が魔物を、アンタを洗脳してるからでしょ?」
「何を言いだすっ、俺は俺の意思でエトランゼ様を支えて、仲間たちと一緒にいるんだっ」
シャリルの言葉に、思いの外激昂してしまう。威嚇するように切っ先を向けると、シャリルは喉元が切れるのも構わず、俺へとにじり寄った。
「アンタの精神は、他人に支配されてるわ。魔力か魔法かわからないけど、その魔族の娘によってね」
「でたらめを言うなっ」
薄皮一枚が切れて、一筋の血がシャリルの首を伝っている。しかし、シャリルは引かない。
「信じられないなら、わかったわ。その呪いから解放してあげる」
「俺は洗脳なんてされて……」
「ワード」
「石化」
「解放」
隙きをついて首輪を発動させようとしたのかと思い、咄嗟に石化の魔法を唱える。俺の首は硬化して、首輪の締付けを無効化するはずだった。
しかし、シャリルの発した言葉に反応した首輪は、俺の首を締めることなく、4つの破片となって崩れ去っていた。
「な……っ」
長い間、俺の首にまとわりつき、刃物で切ろうとしても、オーガの力でねじ切って貰おうとしても、火を近づけて焼こうとしても傷つかなかった首輪。それが音もなく取り外されていた。
それに付随する効果なのか、石化し始めていた首の変化が止まり、逆再生するように普通の肌へと戻っていく。そして、俺の頭の中にあったらしいモヤが晴れていく。
疑う事もなく付き従っていたエトランゼ様。魔物と意気投合することをすんなりと受け止めていた心。知らぬ間に植え付けられていたこの世界の知識。
それらの間にある歪を、俺の脳が急に違和感を唱え始めた。
「う、あ、あぁ、ああああぁぁぁーっ」




