砦防衛の支度
「ああ、来たわね、人間」
執務室に入った俺にエトランゼ様の声が掛かる。飾ることで要らぬ時間を費やすことを嫌うエトランゼ様には、長々とした挨拶など不要だった。
「宣戦布告と聞きましたが」
「ええ、オーク族からね」
億劫そうに伝えられる。
「貴方の農業による戦闘力強化は一定の成果をあげたとは認めるわ。でも要らぬ欲望を呼び込むことになったようね」
「も、申し訳ありません。浅慮でした」
「ただでさえわたくしという極上の餌がある土地に、豊かな実りをもたらす大地。貪欲なオークでなくても欲しがる所は出て来るかもしれないわね」
「は、はい……ただ、防衛の準備も随時進めております。エトランゼ様を煩わせる事態には決していたしません」
「ふぅん……まあ、人狼の時の功績もあるし、任せてみるわ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
俺は決意を新たに次なる防衛戦に向けて準備を開始した。
「あの〜、エトランゼ様?」
「ん、何かありまして?」
「いえ、これから戦備えに入るのですが」
「ええ、わかっているけど?」
「まだ危険はありませんが、色々と殺気立っている面もあるので、相手をするわけにもいかないのですが……」
「気にすることはないわ」
「はぁ……」
エトランゼ様は気まぐれで俺に付いてくる事があった。芋の収穫に同行して、土まみれになりながら芋掘りをする姿は、普段の高貴さよりも、外見相応の愛らしさを見せて、周囲の魔物達を喜ばせたりもした。
ただ今回は戦だ。ほのぼのとしたものはなく、殺伐とした雰囲気はどうしたって拭えない。
彼らを鼓舞するためなのかもしれないが、準備段階で姿を見せると色々と作業に滞りが出そうだ。
といって素直に聞いてくれる人でもない。影のように付き添うシュバインにアイコンタクトしつつ、俺は自分の業務に専念することにした。
人狼族からの侵攻は族長の息子のわがままということもあり、相手がはみ出し者の集まりということで、どこか緩んだ様子のある侵攻だった。
だが今回のオークの侵攻は、彼らの食欲が相手だ。彼らの飢餓感は、様々な食物へと向けられる。畑に実る芋々を得るためには命も惜しまない。そんな厄介な種族なのだ。
オークの侵攻といえば、メンドーサ子爵領での戦を思い出させる。あの突進能力、破壊力、残されるのは焦土。蹂躙されれば草一つ生えぬ土地に逆戻りとなるだろう。
この半年で育ててきた畑は、食料源であり、仲間との絆でもある。何としても守りたいものだった。
その為の準備もある程度進めていた。人狼を撃退した三叉路には砦を築いてあり、簡易ながら城塞兵器も配備してある。
大きな石を遠くへと飛ばす投石機だ。弾数は多くないが、直撃すればもちろん、着地後の転がりに巻き込まれるだけでも、それなりの被害をばらまくはずだ。
問題はオークが恐れを知らない種族だという点。仲間が倒されたらそれを踏み越えてでも前進してくる。
足止めするにはもっとしっかりとした迎撃用意が必要だった。
「なぜ芋を集めているのかしら?」
「彼らの目的はこれらの芋です。それを与えてやれば、勢いは殺せます」
「戦う前から諦めているのかしら?」
「いえ、あくまでも策です」
「なるほど、芋に毒を仕込むのね!」
エトランゼ様はなかなか恐ろしい発想をしてくる。しかし、それでは駄目なのだ。
毒で殺せる数というのは有限、毒があると分かればそれを食べるものはいなくなり、すぐに効果はなくなる。
継続的にダメージを与えるには混乱させるのが大事だった。その為の準備を勧めている。
「準備はどうだい?」
「ああ、レント。用意は進んでる……けど、もったいないな」
「何、仲間の命より大事なものなんてないさ」
「……だな」
準備を任せているオークと二、三、言葉を交わすと次の現場に向かう。
砦は丸太を組み合わせた防壁で守られている。かなり丈夫なもので、即席に魔法で生み出した土壁よりも強度はあるだろう。
それでもオークの集団にかかれば、どれだけ持ちこたえれるかは疑問だ。
極力相手の勢いを削ぐための仕組みを追加していく。相手の足場を悪くして、速度を緩めて踏ん張れなくするのだ。
魔法の『泥の泉』と同じような効果を広範囲に及ぼす様に仕掛けを作っていた。
畑を耕す際に活躍するコボルトとジャイアントモールのコンビが、丸太の壁の前を掘り起こしている。柔らかく耕された土へといつでも水を流し込めるように水桶も用意してあった。
水の方は半魚人などが水魔法で徐々に蓄えを作っていく。
怪力のオーガ達は投石機に使用する大きな石を集めていた。
種族ごとの特性に合わせて、それぞれに準備をして、協力しながら仲間を守る態勢を整えていく。
「後は足止めした敵をどうやって倒すか」
「ふむふむ」
砦の櫓の1つへと上がり、オークがやってくる方向を見据える。まだその姿はないが、姿を見せれば3時間もしないうちに、砦はオークに囲まれる事になるだろう。
シャリルのような強力な火力は、エトランゼ様には期待できない。
亡霊騎士のシュバインはあくまで一対一で切り結ぶタイプの強者。動きを鈍らせた大群を倒すには不向きだ。
異世界の記憶には禍々しいものも多い。その中には大量に虐殺を行ってきた記憶も多数ある。
その最たるものはやはり『火計』か。
動きが取れない所に火を放つ。最悪の一手だけに多用されてきた手段だった。
「可燃物を仕込んで引火させるのが確実だが」
「なかなかに酷いことを考えているようですわね」
「襲撃者と仲間の命を天秤にかけたら、手段は選べませんからね」
攻めくる者とはいえ相手も生き物。それを殺戮する方法を考えるのは気が滅入る。
ただ傍らに立つエトランゼ様と、それを慕う者達を守るために、俺は全力を尽くすことを改めて決意を固めた。




