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エトランゼ様からの使命

 エトランゼ様の居城はかなりの年季が入った造りになっている。積み上げられた石もかなり風化した様子が見られるが、それでも堅牢さは損なっていない。

 内装は手入れがなされているらしく、磨き上げられた黒曜石や大理石で艷やかに仕上げられ、目立った傷もなかった。

 廊下に掲げられた銀の燭台も丁寧に掃除されていて、厳かな雰囲気を醸し出している。

 赤い絨毯を歩き、たどり着いたのはエトランゼ様の執務室だ。両開きの扉の脇には、エトランゼ様が作られたというゴーレムが立っている。


「人間のレント、エトランゼ様のお招きにあずかり参上しました」


 扉の前で訪問を告げると、左右のゴーレムが扉を開いてくれた。



 執務室はかなりの広さで、時代を感じさせる家具が並んでいた。木目の美しい重厚な机の向こう側で、城の主であるエトランゼ様がひときわ豪奢な椅子に腰掛け、部屋に入ってきた俺を睥睨していた。

 銀色の髪と漆黒のドレスのコントラストが神秘的な美しさをより強調している。

 隣に立つ仮面の執事こと亡霊騎士ファントムナイトのシュバインは微動だにしていない。

 思わず見とれそうになるが、失礼があってはいけない。速やかに歩を進め、机の手前に跪く。



「エトランゼ様に拝謁賜り……」

「堅苦しいのはいらないわ。面を上げてこちらに来なさい」


 挨拶をしようとした俺を制して、エトランゼ様から声がかかる。俺は顔を上げてシュバインを確認すると一つ頷いた。

 皆の前では凛とした佇まいの令嬢だが、執政官としては実直を良しとするのか。

 ある程度のまとまった人数を指揮しようとしたらそうした面も必要なのだろう。


「はっ、仰せのままに」


 俺は立ち上がって机へと歩み寄った。




「人間の知恵というものは先の働きで理解しましたわ。魔物とは違う知識を持つようね。その知識をこの地の統治にも役立ててもらうわ」


 エトランゼ様はそう言うと、机に広げられた地図を示した。

 エトランゼ様の支配地域は、この世界でも辺境に位置する。どうやら魔素も薄く、強力な魔物は育ちにくいらしい。

 反面、俺達人間のように魔素が濃すぎると、霊障にやられるような種族でも生きていける訳だが。

 ゴブリンやコボルトといった低級妖魔も魔素が濃すぎると、精神に異常をきたして好戦的になり、自我崩壊する事があるようだ。

 その一端が暴走ランペイジとなり、無差別に人間を襲撃する事態にも繋がるらしい。


 実際にこの地に流れ着き、先の人狼の襲撃に対する迎撃を指揮した感じでは、人間と比べると思考パターンに差異はあるものの格段に低いということはない。

 言葉も理解するし、指示をすればそのように動いてもくれる。怒りや恐怖といった感情もあり、仲間を大切に思う心も持っていた。


 この世界が帝魔があった世界と違うのか、魔物が元々そうなのかまでは分からないが、少なくとも彼らを仲間だと思うのに抵抗は無かった。

 そんな彼らの生活を向上させるのに協力できるのは喜びを感じる。


「はい、出来る限り知識を提供します」



 この地の魔物は、生きているだけならば、食事を必要としない。それは大気の魔素がある程度の濃度で存在し、それにより存在を維持できるからだ。

 しかし、万全の能力を発揮するには、やはり食事から栄養を補給する必要があった。

 ただ魔物達の考え方として、栽培するという発想はないようだ。狩猟や採取で獲ってくるか、他の部族から強奪するか、そうした考え方しかない。

 そしてこの地に集まる魔物達は、そうした争奪戦に敗れ追い出された者達でもある。

 闘争心の少ない者達なら、農耕に向いているかもしれない。



「農業を行ってみればいかがでしょうか?」

「農業?」

「食物となる植物を自分達で育てるのです」

「ふむ?」


 栽培という概念のないエトランゼ様に、農業というものがどういったものか、詳しく説明していった。

 俺自身が農村の出身、異世界の記憶も相まって、様々なノウハウは蓄積されている。

 そして魔素の濃いメンドーサ子爵領では作物の発育が良かった。ある程度の魔素が満ちたこの地も、作物の栽培に向いていると考えられた。



「ふむ、食べ物から兵を強化するという発想は面白いですわね。人間、その事業を進めなさい」

「ははっ、畏まりました」


 こうして俺は農業担当官としての任務を与えられることになった。

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