魔法吸収の観察
魔力を吸収してしまうオーク。そんなモノは聞いたことがない。しかし、目の前にいる以上、認めなければならないだろう。
シャリルのA級魔術師の魔法を2発吸収してもケロリとしている。もう一人の記憶にある物語では、限界を突破して打ち破るなんて話があるが、その限界点がわからない以上、無茶な事はできなかった。
あくまで問題のオークを巻き込む際に吸収されるようで、周囲にいるオークには魔法が効いた。ならばシャリルには他のオークを相手にしてもらい、俺とアイラで問題のオークを足止めする。
アイラから手斧を貰ったが、これで通じるかは分からない。メインの攻撃はアイラに任せるのが妥当だろう。
「俺が先行する。アイラは隙を見て、強力なのを打ち込んでくれ」
「……わかりました」
少しの逡巡のあと、同意を示してくれた。
方針が決まれば一気に間合いを詰めるのみ。周囲では暴威を振るうオークと、それに晒される村人の悲鳴がこだましている。早く決着をつけなければならない。
先程のシャリルの魔法とその後の首領オークの咆哮でオークが散っているので、問題のオークの前は空白地帯になっていた。
俺は意識して足へと魔力を送り、一段階加速する。魔法の威力がイメージで上がるように、身体強化も明確に意識すれば、増幅の幅が上がる事に俺は気づいていた。
魔力こそまだ1桁台だが、戦闘力ではD級以上を出せる自負がある。
一気に間合いを詰めて、加速がついた一撃をオークに放つ。
上段から振り下ろす一撃は、勢いと体重を乗せて会心の動きだ。しかし、オークが水平に構えた剣を僅かに揺らしただけで、弾き返されてしまった。
続けて振るわれるオークの攻撃を転がるようにして避けつつ、側面から攻撃を試みる。
これもオークが手首を返して、あっさりと防がれた。その上そのまま振り切られた剣に、大きく吹き飛ばされてしまった。
俺を退けてニヤリと笑うオークの背後からアイラが間合いを詰めていた。従者として主人の邪魔にならないように気配を断ずる術を持つアイラ。それは視界に入っていたはずの俺でさえ、存在を見失っていた。
そして静から動へ。軽い跳躍をしながら、両手持ちの大斧をオークへと振り下ろした。
ただその動きを予測していたかのように、剣のない方の左手を掲げ、金属製の手甲でアイラの渾身の一撃を受け止めてしまう。
「!?」
空中で静止させられたアイラに、オークが体型に見合わぬ機敏さで剣を振るう。
「泥の泉」
オークの足元を泥と変えて、バランスを崩させる。それでも上半身だけで振りぬかれた剣に、アイラの身体は宙を舞った。
辛うじてガードは間に合ったのか、切り裂かれる事はなかったようだが、大きく吹き飛ばされて姿が見えなくなる。
「闇の霧」
咄嗟に視界を奪う魔法を唱えながら距離を取ろうとするが、その魔法もオークの周囲で渦を巻くように、吸収されてしまう。
そういえば、泥の泉は吸収されなかったな。あれは地面に対して放った魔法だからか。
しかし、広範囲に巻き込む魔法は、オークに吸収されてしまうようだ。
「炎の壁」
地面に立てるタイプの魔法を使ってみるが、それもオークが触れると吸収されていく。
半ば予想通りではあるが、明確なボーダーは分からない。ダメージを与える魔法が駄目なのか?
俺はそんな思考を脳裏の片隅に追いやり、次の行動を開始する。炎の壁が吸収される間、炎と空気の揺らぎで、オークの視界が遮られているはず。そこをついて、再び接近。取り出した予備のナイフをオークの革鎧にねじ込んだ。
突き立てようとすれば、弾かれオークにも気づかれるかもしれないが、鎧の隙間に差し込んだソレは俺が離れても残されたままとなった。
「金属加熱」
本来なら鉄などを加工するために使われる魔法。それを残してきたナイフに対して使った。
見た目には変化はなく、渦を巻いて吸収戯れたかもわからない。
ただ炎の壁が無くなり、遮るものがなくなったオークは俺に向かって突進してきた。
俺も立ち上がって手斧を構えながら相手を伺う。
「んぐ?」
が、途中でオークの動きが鈍くなる。その手が腹の辺りをさすり始め、やがて熱せられてオレンジになりかかったナイフに触れた。
ジュオっという音と共に、肉の焼ける臭いが立ち上る。オークの肉は、豚肉の代わりに使われたりする食材だが、革や毛を処理してない肉は、ただただ臭いだけだった。
オークは探り当てたそれを力任せに抜き取り、足元へと叩きつける。そして血走った目を俺に向けた。
「土壁」
物理的な壁を立てて距離を稼ごうとするが、肩口からのぶちかましで一瞬しか保たずに砕かれた。
沼の泉はもう魔法陣がなく、詠唱している時間もない。
「炎の弾丸」
顔に向けて放った魔法は、やはり渦を巻いてオークへと吸収された。何とか特性を掴んできているが、考えをまとめる時間がない。
俺は2度、3度と怒りの篭った斬撃を躱しながら、後退を繰り返す。
しかし、足元への注意が行き届いていなかった。オークに壊されたであろう扉の破片に足を取られ、尻もちをついてしまう。
そこに追いついたオークが剣を振り下ろす。
「くっ!?」
咄嗟に動くことはできず、手にした斧を掲げるくらいしかできない。しかし、膂力の差は歴然。力負けした俺はあっけなく切り裂かれるだろう。後は致命傷を避けるべく、斬られてもいい場所に攻撃を食らうくらいか……。
相手の太刀筋を見切ろうとしていた俺の視界が横滑りに動いた。
「うくっ」
耳元で漏れでた声は愛らしい少女のもの。しかし、それは甘い言葉ではなく、少女の苦痛を表していた。
「お、おい、アイラ!?」
「大丈夫です」
オークの斬撃から俺を攫って庇ったアイラの背には、一本の線が刻まれていた。黒い衣服で目立たないが、はだけた部分から白い肌と赤いものが見えていた。
「だ、大丈夫って、怪我してるじゃないかっ」
「ブラ紐が切れて動きにくいですが、傷は大したことありません」
小柄な体躯には似合わない立派なものが、支えを失い暴れるとなると確かに動きにくいだろう。
それに声音から深刻な状況ではなさそうなのも伺えた。
「わかった。ちょっと策を練るから、しばらく頼む」
「元々は私の方が強いのです。時間を稼ぐくらいはできます」
頼もしい言葉に俺は甘えて、もう一人のキーマンを探した。




