オークの首魁
翌朝、まだ日の出前の空が白み始めた時に、行動を開始した。昨夜は日が落ちてすぐに休息に入ったので、疲れは取れている。まあ、馬に乗り続けたことによる筋肉痛はあるのだが。
シャリルは1人、上空へと飛び上がってオークの痕跡を確認。踏み荒らされた畑が続く方を指差した。
「あっちに集団がいるわ。この方面の主力でしょう」
そう言いながら降りてくる。
シャリルには、子爵領に常駐している軍から5人、援軍としてやってきた人員が10人つけられていた。
そこにアイラと俺。伝令兵がサリアを含めて5人が総戦力だ。
「俺は伝令兵を守っていればいいか」
「何を言っているの。楽しようとしても駄目よ」
「いやいや、E級の俺がオークなんて無理だから。防衛戦でも渾身の一撃で、傷1つ付けられなかったから」
「アイラ」
「はい、お嬢様……レント様、こちらを」
文句を言う俺に、アイラが一本の手斧を渡してきた。複雑な意匠が施されたそれは、魔術師であればそれなりの魔力が込められているのが分かる。
「使い方はナタと変わりません。切れ味は良いので、手足を飛ばさないように気をつけてください」
「さすがにドジっ子属性はねぇよ……どうしても俺にも戦わせようってか」
「戦力を温存するような贅沢は許されないから」
シャリルが真剣な顔で踏み荒らされた畑へと目を移す。俺としても蹂躙される農村を助けるのに否はない。アイラから受け取った斧がどの程度の物かはわからないが、これで倒せるというならやってやろうと覚悟を決めた。
「では行くわよ。このまま西進してオークに追いつくわよっ」
「「おおーっ」」
従軍する兵士たちが声を揃えた。
それから小一時間ほど騎馬で駆け、ついにはその集団を捉える。夜が明けて目を覚ましたオーク達は、俺達が追いつくまでにも少し移動して、次なる農村へと足を踏み入れていた。
「このまま混戦で数を減らします!」
既に農村に入ってしまっているので、シャリルの魔法で一掃とはいかなかった。家屋はもちろん、村人達もまだ残されている。シャリルのA級魔法では、威力が高すぎて魔物だけを倒すには広いスペースが必要だ。
となればまずは相手を広い場所へ押し出す必要がある。帝国軍の兵士たちが騎馬から飛び降りると、そのまま農村へと突入していく。建物のある農村では、馬よりも徒の方が戦闘がしやすい。家の扉へと棍棒を打ち付けているオークへと魔法が放たれた。
従軍するC級魔術師は、帝魔の生徒とは鍛え方が違う。同じ魔法でも、明確なイメージを持って放たれると、オークへとダメージを与えていった。
そうやってオークを追い込み、村の少し開けた広場に集めると、待っていたシャリルが範囲魔法で仕留めていく。精度では軍の兵士に及ばないが、威力だけなら他を圧倒する。
紅蓮の炎が辺りを包み、オーク達の悲鳴が……上がらなかった。
「な、何あれ!?」
シャリルが自らの魔法が渦を巻き、一体のオークへと吸い込まれていくのを呆然と見ていた。
「土壁」
続けてオークから魔法が飛んで来たのを、俺が壁を作って何とか防ぐ。
基本的にオークは魔法を使えないが、中には魔法を使える奴も極稀に存在する。オークメイジと呼ばれるそれは、肉弾主体のオークと侮っていると思わぬダメージを与えてくる厄介な存在だ。
とはいえ、魔法の威力はそこまででもないので、俺でも防げてしまうわけだが。
「お嬢、ぼーっとすんなよ。ここは戦場だぞ」
「わ、わかってるわよっ」
俺の声で我に返ったシャリルは、改めて魔法を唱え始める。
「天駆ける空の雷よ、我が手に導かれ、敵を焦がせ。雷の咆哮」
轟音と共に放たれた雷は、オークの群れを貫き、なぎ倒していく。しかし、その魔法も敵の中央、オークメイジのいる辺りで再び渦を巻くように吸い込まれた。
よく見ると吸い込んでいるのは、オークメイジではなく隣にいるオークだ。たくさんの羽飾りを付け、一回り体格も大きいオークは、シャリルの姿を認めてニヤリと笑ったように見える。
そして胸を張るように仰け反りながら咆哮をあげた。その声に周囲のオーク達も雄叫びをあげて、四方八方へと突進していく。木製の家屋であれば、その体当たりで壁が砕け、振り回す棍棒で家具が薙ぎ払われる。
「皆っ、個々のオークを止めて」
「お嬢は!?」
「アイツを止められるのは私だけでしょう」
そう言って腰の剣を抜いた。勇ましいのはいいが、端で見ていたら明らかに虚勢であるのがわかる。シャリルも多少の剣術は習っていたが、その膨大な魔力があれば接近戦をする必要もない。本腰を入れてはいなかったようだ。
俺はアイラを視線を交わし、大きく頷いた。
「お嬢様はより多くのオークを」
「アイツは俺らで足止めしとくさ」
「貴方達!?」
シャリルに制止する間も与えず、アイラが特攻を開始する。それに追随する形で俺も走り始めた。
オークは大きくて分厚い。その圧迫感は、今まで対してきた魔物の比ではない。その中でも目の前のオークはひときわ大きいのだ。恐怖が無いと言えば嘘になる。
ただ振るえながらも皆を鼓舞するように剣を抜いたシャリルに感化されるものがあった。
「いっちょ、英雄になってやるかっ」




