隣接する領地
暴走は、メンドーサ子爵領を取り囲む山間部から発していた。
それは山向こうの隣の領地へも被害を広げていた。そもそもの発生源は、隣の領地側に寄った所で起こっていた。ただ周囲を魔素が濃い山地に囲まれたメンドーサ子爵領は魔物を呼び寄せやすく、発生した暴走のオークは、子爵領側に多くやってきていた。
その為、シャリル達はまず自分の領地を守ることを優先し、見事に撃退を果たしたのだ。
しかし、周囲を魔素の濃い山地に囲まれ、5年に1度は暴走が発生するメンドーサ子爵領とは違い、隣にあるモスコバー男爵領はかれこれ50年に渡って、暴走が発生していなかった。
その為、警戒態勢がかなり緩んでいたようだ。広域巡回士の報告は子爵領と同時くらいに届いていたのだが、そこからの対応に大きな速度さが生じていた。
男爵はまず従士を現地へと派遣し、オークの姿を確認させた。その後、領都に非常事態宣言をして、オークの侵攻を食い止めるべく徴兵を始める。
しかし、従士が男爵に報告する頃には、最初の村までオークの先遣が届いていた。
山麓にある小さな村は、またたく間に蹂躙され、さしたる蓄えもない村は早々に食い尽くされて、オークは周辺へと広がっていく。
領都で何とか軍と呼べる規模の人員が確保された頃には、5つの村が蹂躙され、領地の中央付近までオークは進行していた。
領地で最も栄えている領都まであと少しという所で、何とか軍を展開して迎え討とうとしたが、そもそも魔力のない人間ではオークを止めることはできなかった。
勇敢な従士は自ら前線で武器を振るったが、多勢に無勢。オークの波に飲まれてしまった。それを見た男爵は恐怖に駆られて逃走。指揮する者の無くなった軍も散り散りに、無防備な領都がオークの群れの前に残された。
広域巡回士が報告して5日、帝国から派遣されてきた軍が現地入りしたのは、領都にオークがなだれ込んで1日が過ぎた頃だった。
すぐさま鎮圧に入るが、建物の多い市街地。大規模魔法を使うこともできず、オークが身を隠せる場所も多かった。
1匹1匹を発見し、倒していくには時間がかかり、領都に時間を掛ける間、周囲の村までは手が回らない。
メンドーサ子爵領の面々が、モスコバー男爵へと到着した時には、地獄絵図が広がっていた。
「な、なんだよ、これは……」
火事が起こったのだろう、村だったはずの場所には黒焦げになった家々が、柱何本かを残すのみの姿になっていた。
焼け落ちた家屋の中には、黒焦げた塊もちらほら見受けられる。
何とも言えない臭いが立ち込め、この村を襲った悲劇を容易に想像させた。
「オークの前線を探すわ。兄様達は北へ。私は西に向かいます」
「分かった。ただ無理はするな、お前はほとんど休んでいないんだ」
「今は一刻を争います。多少の疲れなど、関係ありません」
「レント、頼んだぞ」
え、俺?
戸惑う俺の肩を強く叩くと、エリオットは馬に乗って行ってしまう。それを見送ったシャリルとアイラも馬首を巡らせ、西へと駆け出す。
「行くよ、レントっ」
俺は伝令兵のサリアに馬上へと引き上げられると、慣れない騎馬行でシャリル達を追いかける事になった。
オークの進路自体は容易に追跡できた。まだ青々とした麦の畑が、無数の足跡で蹂躙されていたからだ。
途中にある村は根こそぎに襲われ、至る所に血痕が残されていた。襲われた村人の姿が見えないのが、より酷い想像を掻き立てる。
そんな廃墟の横を走り抜け、前方のお嬢様が前傾になって声を張り上げた。
「一蹴する!」
何処までも好戦的なお嬢様は、前方に見えた一群に突っ込んでいった。隣には小柄でありながら、自らの身長を越えるような斧を肩に担いだ少女が控える。
振り返る間もなく一群へと突っ込み、周囲へと弾き飛ばすように魔法を放つ。辛うじてその一撃を耐えた個体には、アイラの斧が遠慮なく振るわれた。
十数匹いたはずのオークが、瞬きする間に蹴散らされてしまう。まさに規格外の強さを持つA級魔術師の面目躍如だ。しかし、それでもシャリルの腹の虫は収まらない。
乗っている馬のほうが先にへばって歩みを止めるまで、無茶な行軍は続いた。
「済まなかった」
シャリルが素直に謝罪の言葉を口にしたのは、慣れぬ騎行軍にへばった様子の俺に対して……ではもちろんなく、主を乗せて無理をした馬に対してだった。
汗びっしょりで、荒い呼吸を繰り返す馬に、治癒魔法を掛けながら労っている。
一方の俺は食事する気力もなく揺れない大地に寝転がり、サリアからの容赦ない「情けない、鍛え方が足らん」という小言を貰っていた。
村を3つほど経過し、道中に見かけたオークを駆除しつつ進み、暗闇の中の騎行軍は馬が躓いたりして危ないので休憩に入った。
襲われた村は悲惨な状況で、生存者が隠れているような事もなく、食糧は根こそぎに貪られていた。建物の多くも壊され、中には火事を起こして黒焦げのものも。
畑なども無残に踏み荒らされていた。
被害を考えれば少しでも早く元凶を止めるべきだが、その為に我が身を危険に晒すことはできない。
俺はともかくシャリルは子爵領は元より、帝国にとっても貴重な存在でつかの間の焦燥に命を散らすわけにはいかないのだ。
それはシャリルも自覚しているし、結果として多くの人を助ける事が貴族としての誇りとしているらしい。
その辺の話はアイラなりサリアなりが耳にタコができるほど聞かせてくれる。領民や部下に慕われているのは良いことだ。
後は俺をペット扱いしなければいい子なんだろうになぁ。
周囲の話を聞く限りでは人をペットにするような性格はしてないようなんだが……。
結論の出ない問題は先送りにするしかなかった。




