オークの殲滅
魔力が尽きて身体強化の効果が落ちた俺は、呆然のオークを見上げる。頭2つは身長に差があった。プルプルと震える頬に、下から上へと突き上げるように生える牙。血走って見開かれた瞳。
攻撃的な、獲物を捉えた笑み。
その手が動いて横薙ぎに棍棒が振るわれる。それを後ろに逃げるように避けるが、魔力を失った足は重く、崩れた土壁の上というのも相まって、尻もちを付くように転がるのが精一杯。眼前を棍棒が空振ったのは運が良かったからか。
いや、オークの笑みが、瞳が、わざと直撃させなかったと物語っている。
続けて振り上げられた棍棒。後ろ手に倒れた俺は、左右に転がるしか逃げ道はない。
(死ななければ、治癒魔法でなんとか……なるか?)
しかし、諦めるという選択肢はない。ギリギリまで棍棒の軌跡を見極めて、避けやすい方に転がる。その為に、オークの動きを睨みつけるように凝視した。
バサッ。
布のはためく音がして、俺の視界は闇へと包まれた。突然の事に身体が硬直する。そこへ顔面に痛烈な打撃。棍棒が襲って来たのか!?
俺は変に堪える事は諦めて、後方へと倒れ込む。下は崩れた土壁、勢い良くぶつかっても痛くはない。眼前の衝撃を逃がすほうが大事だと判断した。
そうやって倒れ込むと視界の闇が晴れて、空の青さが飛び込んでくる。
オークの方へと目を転じれば、俺をまたぐように立つ小さな背中が見えた。
「失礼しました。しばらくお待ちを」
そう言うと背中は遠のき、手にした両手持ちのゴツい斧をオークへと振るい始めた。凄まじい速度で振るわれる斧は、オークの身体を叩き切りながら吹き飛ばす。
それでも次々とオークは群がってくるが、小柄な少女の振るう斧にことごとく吹き飛ばされていく。
俺が何とか上体を起こした時には、周囲のオークは粗方吹き飛ばされて、空白地帯が出来上がっていた。
吹き飛ばされたオークは、周囲のオークを巻き込み倒れ、後続のオークを塞き止めている。その様子を確認した少女はくるりと振り返って戻ってきた。
「もうすぐお嬢様の掃討が始まりますので、避難いたします」
「え、あ……」
近づいてきたアイラは一気に加速すると、俺の首輪を掴んで走り始めた。
「えぐっ」
喉が絞まって絶句する俺の視界には、上空から降り注ぐ火の玉が見える。閃光と一瞬の静寂、その後に轟音と共に熱波が俺をあぶった。
結果を見れば間一髪といった雰囲気だが、上空から見ていたシャリルにはアイラが何処にいるかは把握した上で、最適のタイミングで魔法を放っていた。
アイラが乱入してオークの群れに間隙を作り、一瞬とは言え停滞を見せた時を狙って、もちろんアイラを巻き込まないようにして魔法を使用したのだ。
地上に打ち込まれた火球は火柱となり、周囲のオークを焼いていく。100以上のオークがその範囲に飲み込まれ、討滅されていった。
「し、死ぬかと、思った」
「危ないと思いましたので、お嬢様に落として頂きました」
「ちげーよ、首が絞まって死にそうだったんだよ」
魔法の込められた首輪はアイラの力でも切れることはなく、しっかりと首筋に食い込み窒息しかけていた。
文句を重ねてもアイラは素知らぬ顔で上空を見上げている。そこから地上へと流れ星が落ちてきた。
「ここはお終い。次は母様の所へいくわよ」
「はい」
ひたいに汗を浮かべつつも、シャリルはアイラを抱え上げて、再び上空へと舞い上がる。俺はぽつんとその場に置いて行かれて文句を言う暇も与えられなかった。
初日は防衛線を破られる事もなく、3箇所全てで500以上のオークが屠られたという。土壁で食い止め、シャリルの火力で一気に焼き払う。そうした戦法で被害も特にない。
オーク達の動きは上空を偵察する魔術師から逐一報告が入り、次の一波が来るまでには余裕があることがわかる。各防衛線では土壁の補強と、兵士たちの休憩が行われて次へと備えていた。
良くも悪くも何度も暴走を受け止めてきた子爵領の人々は、連携がとれていて、オークの集団という下手すれば壊滅するほどの戦力を前に、きっちりと成果をあげていった。
そのまま3日ほど防衛戦を続けて、帝国からの援軍が到着。火力を増した子爵軍は、オーク達を押し返しはじめて、山間部へと踏み入って魔素の濃い地域を浄化するに至った。
魔素を浄化できれば、オークの出現も抑えられるので、あとは手分けしてオークを殲滅していけば任務は完了となる。
終盤になると直接戦闘力のない俺の出番はなくなり、後方で農村の復旧作業を手伝っていた。
オークに踏み荒らされた農地を少しでも復旧させるべく、土を掘り返し水路を整える。
元農家の者として、やれるだけの事をやっておきたかった。
そこへシャリルがやってきて告げる。
「隣の領へ行くわよ」
その声は険しく、有無を言わせぬものがあった。




