暴走の襲来
開戦を告げるラッパを聞いて、俺は近くの駐屯軍へと合流する。300mに渡って築かれた土壁の中央と両端に魔術師が配されていた。
左右からはみ出さないように中央へ誘導し、中央で受け止めた所で大規模に殲滅するという作戦だ。
中央と両端は土壁が厚めに作られていて、上に人が乗れるようになっている。魔術師はその上から魔法による攻撃ができるのだ。
俺は右端の駐屯軍に合流して、裏手に設けられた階段を一気に駆け上がった。
高い所に来ると、向こうから迫る集団がよく見える。土煙をあげながら迫ってくる集団。それを先導するのは3人の魔術師だ。
もう一人の記憶では魔術師と言うと体力がないように思われているが、この世界の魔術師は身体能力を魔力が補強してくれるので走るのも速い。
たまに振り返っては火炎系の魔法を放ち、オーク達にダメージを与えつつまた走る。
攻撃を受けたオークが転倒すると、後続に踏み越えられてその姿は見えなくなっていく。それでもオークの進行速度は変わらない。
オークは元々好戦的で、知能はあまり高くない。目の前の獲物に猪突猛進する傾向が強い。それだけにその突進を止めるのは容易ではないのだ。
オークの敏捷性は高くなく、逃げながら攻撃している魔術師が追いつかれることもなく、弓矢や投石といった遠距離攻撃を受けることもない。
そのまま土壁へと到着して、一気に壁へと飛び上がった。中央部はオークを受け止めるべく周囲より高く、厚みも倍以上の土壁になっている。そこをひと跳びに登ってしまえるのは、魔力のおかげだった。
ズドーン!
壁に激突する振動が150mは離れた右翼にまで伝わってくる。続けざまに後続もぶつかり、土壁を揺さぶっていく。前で詰まった仲間を押し付けるようにぶつかるオーク。そこへ壁の上から魔法が降り注ぐ。
オークは怯むこと無く次々と押し寄せ、仲間を踏み台に壁上を目指し始めた。
「撃ち方はじめーっ」
右翼でも部隊長の声とともに魔術師達が魔法を放っていく。中央から押し出されたオークは、壁伝いにこちらにも迫ってきていた。
そこへ攻撃魔法が次々と撃ち込まれていく。しかし、分厚い皮下脂肪と2mを越す巨漢のオークは、体力も高い。多少の魔法ではその突進が止まらない。
俺の魔法では猫の手ほどにも役に立たないだろう。
「レントーっ」
壁の上で逡巡する俺に、下から声がかかった。見ると伝令兵のサリアだ。
「お前は壁の補強にまわれってさっ」
下から指令を叫んでいる。俺は壁から飛び降りて、サリアに合流した。
「エリオット様からの伝令だ。思った以上に中央が押されている。壁に亀裂が入りだしていから、そこをカバーしろって」
「わ、わかった」
俺に何ができるのかは分からないが、とにかく現場に行ってみるしか無い。サリアは馬上で俺を引き上げようとしたが、俺はそのまま走り始めた。
150mなら馬にも負けない速度で走れる。速度強化の魔法陣を発動させながら、現場へと走った。
現場となる壁裏に着くと、ブモブモというオークの鳴き声が壁越しに聞こえて、ドンドンという打撃音も響いてくる。
壁の上はよく見えないが、呪文の詠唱は聞こえず、たまに飛沫が降ってきていた。壁の上で戦闘になっている!?
気にはなるが、目の前の亀裂もまずい。中央部の分厚く作られた壁に亀裂が入り、徐々にその傷口が開き始めている。
「サリア、ここに水を掛けてくれ」
「え、そんな事してどうするの?」
「魔法で凍らせる」
「分かった」
中央軍の詰め所には、伝令用の馬が繋がれ、その馬に与えるべく桶に汲まれた水が置かれていた。
それを伝令の兵士たちが持ち寄って、壁へとかけていく。湿り気を帯びたそこへと魔法を唱えていく。
「冬の息吹の欠片を集め、彼の者を彩る形と成さん。氷棺」
辛うじて発動できる中級魔法で一気に冷気をぶつけていく。本来は対象を氷で包み込む魔法だが、生み出される冷気は周囲の水気を凍らせていった。その氷をつなぎに短時間なら耐えてくれるはず……ピシピシという亀裂音が心臓に悪いが、現状でできる手立ては他に思いつかなかった。
しかし、一部を補強したらその力は弱い所に逃げる。凍らせた一角の隣に新たな亀裂が生じはじめていた。
「レント、こっちも!」
「いや、俺の魔力は、そんなに、ないから」
辛うじて発動させられた中級魔法で、少ない魔力は枯渇気味。もう一度発動させる力は残っていなかった。
少しでも魔力を整えるべく、荒くなった呼吸を落ち着けていく。
「サリア達、伝令兵は離れて。そんなに長くは保たない」
「で、でもっ」
「いいから早くっ」
みるみるうちに広がる亀裂に、俺は声を張り上げた。下から砕ける土壁は、すぐになくなるわけじゃない。瓦礫というか、土の隆起を越えてやってくるオークを少しでも足止めしていくしかない。
オークの戦闘力は魔力のない人間にどうこうできる強さではなく、俺がここで踏ん張るしかなかった。
腰のナタを抜き、左手のバックラーを握り直す。そうして覚悟を固めつつ、目の前の亀裂を睨んだ。
限界に達した亀裂から、一気に土が崩れて流れ落ちてくる。低くなった土壁へと、崩れて柔らかい土の傾斜を駆け上がる。
頂点へと駆け上がると、向こう側から坂を登るオーク達の姿が見えた。重量のある彼らは柔らかい土を駆け上がるのに苦労しているようだが、ここまで来るのは時間の問題だ。
「炎の壁」
その集団へと継続して燃える炎の壁を打ち立てる。しかし、オークはそれに怯む事はなく、身を焦がしながらも登って来ようとする。
その姿に恐怖して、魔法を連発しそうになるが、ぐっとこらえた。俺の魔力で発射型の魔法は威力が知れている。近距離から叩きつけるしかない。
そして遂に一頭のオークが俺の前に届いた。まだ不安定な足元に、揺れながらも俺を見下ろしてくる。女性の胴ほどもある太い腕がゆっくりと持ち上がり、一気に振り下ろされた。そこにはオークの腕より太い木の塊、棍棒が握られている。単純な武器だが、質量がそのまま威力。盾で止めようとしたら、潰されるだけだ。
「石の礫」
オークの手に持った棍棒を狙って魔法を打ち込み、空振りを誘う。振り下ろそうとする瞬間、柄から先端に向けて。振り下ろそうとする手と、下から打ち上げるように放たれた石の礫がぶつかり、棍棒が手から飛んでいく。
得物を失った拳は俺の前を通り過ぎ、しかし逆の腕が続けて横薙ぎに迫ってきた。
それを間一髪しゃがむようにして躱して懐へ、下から脇腹へとナタを振るう。
本来は上から下へと振るうナタだが、刀身の重さを利用して遠心力が抜けないように振るえば、きっちりとした攻撃ができることに、半月のダンジョン攻略で身につけていた。
「がっ!?」
そうやって勢いをつけたナタがオークの肉へと打ち込まれたが、まるで地面を叩いたかのような抵抗に、思わずナタを取り落としてしまった。
その皮膚には傷1つ残っていない。
ダンジョンで7階に相当する強さのオークは、3階から4階に差し掛かる俺にはやはり荷が重すぎた。
「くおっとっ、炎の弾丸」
更に掴みに来る手を後退しながら避けて、オークの顔へと魔法を飛ばす。たがやっぱりダメージらしいダメージもなく、平然と迫ってきた。
「す、土壁」
オークの足元にある土を別の方向へと向かう壁に使い、足場を崩すと目の前のオークが地面へと埋もれる。
しかし、そのオークを踏み台に後続のオークが迫って来ていた。魔法陣で省エネしているとはいえ、連続の発動は魔力が尽きる。近づくオークになすすべなく、見上げるしかなかった。




