防衛線の設営
「やっぱり全然違うじゃないかーっ」
厩舎に案内された俺は、そこに繋がれた馬を見てブンブンと首を振った。馬と言えば畑を耕したり、荷馬車を引く農耕馬しか見たことのない俺にとって、軍事用に訓練された軍馬は全く別の生き物だった。
こんなものには乗れません。
素直にそう言うと、同乗で向かうと告げられる。臨戦態勢で時間のない中、ごねることもできない俺は二人乗りで現地に赴く事になった。
しかし、農民の馬に乗るというのは、背に乗るのではなく馬が引くソリや荷馬車の御者台に乗ることを言うのだ。馬に載せられた鞍の上に乗るのとは全く違う。
視線が高く、落ちないようにバランスを取らなければならない。普段とは違う部分に力が入って全く落ち着かない。
「これだから貴族様は。ほらもっと内腿に力を入れて、鞍を挟み込むの。姿勢を低くして、でも首を掴んじゃ駄目だからねっ」
そう言いながら彼女は俺の背中をぐいっと押し込み、前屈みにさせる。
そう、俺の同乗者は女の子だった。俺はまだ子供で筋肉質というわけでもないのでソコソコに軽い。とはいえ大人に同乗すると、馬に負担がかかってしまう。そこで隊の中で最も軽い彼女と同乗する事になっていた。
赤毛を短くした快活そうな女の子は、サリアと言ったか。伝令を主な仕事とする彼女は、小柄だが鍛えられていて、馬の扱いに長けているとのことだ。
防衛線へと向かう騎馬10人の中に組み込まれ、全速ではないものなそれなりに早足の馬に乗せられている。
それでも農耕馬には出せない速度で、人間が全速で走るより速い。視線は上下にブレて、上体でバランスをとろうとすると、後ろから押さえ込まれる。どうしても上体が浮いてくる俺に業を煮やしたのか、彼女は俺を押さえ込むように自らの身体を押し付けてくる。
革の胸当てがあるので柔らかな感触はないが、それでも女の子に密着されているという事実に落ち着かない。
「何、馬ならあと1時間ほどで着く」
「え、う、あぁ」
下心に身体が強張ってしまったのを、慣れない馬のせいだと思われたらしく、耳元で声がした。それがまた俺に緊張を高め、変に力が入ったまま馬に揺られることになった。
魔法で生み出された土壁が見えてくる頃には、かなりヘロヘロになっていた。
馬から降ろされた俺は、ヘナヘナと地面へとへたり込む。変な緊張はさておいて、やはり長時間馬に揺られた事はかなり堪えていた。
「ホント、だらしないねぇ。魔力で強化されてるんだろう?」
「へぁぅ、はぁ、だ、だって、しょうがないじゃないか……」
慣れないことは慣れないし、俺の魔力じゃさほど強化の上乗せもされない。
しばらく呼吸を整えるのに時間を費やしていると、一緒に来た兵士たちはそれぞれの部署へと散っていく。
彼らは領都と現地とを繋ぐ伝令兵。一番速いのは魔術師が転移や飛行魔法だが、転移はもちろん飛行魔術も使い手は少ない。オークの動きを見張る役目もあるため、伝令には馬を使っているのだ。
基本方針は既に確立されていて、経過報告が主なので緊急性がなければ問題ないのだろう。
「君がレントか」
辺りの様子を見ていた俺に話しかけてくる人がいた。着ている服から貴族らしい事がわかる。臨戦態勢ではあるが、鎧ではなく軍服のままだ。それは魔法によって強化されている証ともいえた。
「エリオット様……ですか」
「ああ、そうだ。父上から現場に組み込むように言われている」
「俺、魔力は低いので、戦力にはなれません」
「うむ、分かっている。まだ入学して1月ほどの生徒に無茶はさせんさ。土壁を見て回って、補強できそうな所は直していってくれ」
「は、はぁ……」
それで指示は終わったとエリオットは、他の場所へと去っていった。その慌ただしさに、オークの暴走が近いことが察せられる。
やれる事はやっておくか。
俺は防壁として並べられた土壁を見て回った。常に襲撃が予想され、訓練も行き届いている子爵領の従士や、帝国の常備軍が築いた土壁は見事で、わざわざ俺のような素人がどうこう言える代物ではない。綻びらしい綻びは見当たらず、補強するような必要もなかった。
そうやって高さ3mほどの土壁を見て回った辺りで、低音のラッパが鳴り響いた。
来るのか。
俺は慌てて駐屯軍に合流すべく走り出した。




