魔術師の決闘
「おまえがレントか」
その声に振り返ると、白いものが飛んできていて、咄嗟に掴み取る。それは白い手袋だった。
投げてきたのはどこぞの貴族か。取り巻きを4人ほど連れていて、偉そうにふんぞり返っている。
「メンドーサ子爵令嬢につきまとうハエめ。この私が成敗してくれる」
「はぁ!?」
カガミの事で頭がこんがらがっていた俺は、剣呑な声で応じていた。
「私が勝ったら、二度とメンドーサ子爵令嬢に近づくな」
「そっちも同じ覚悟があって言ってるんだろうな」
「はっ、庶民風情が私に勝てると思っているのか。片腹痛いわっ」
「こっちは急いでるんだ、やるならさっさとしろ」
「馬鹿め。帝魔内での私闘には決められたルールがある。立会人の元へと来てもらおうか」
「ちっ」
早くカガミを探しに行きたい一心だった。早く終わらせて、カガミの誤解を解かなければ。
幸いにして相手は用意周到に準備をしていたらしい。立会人となる帝魔の教員を予め呼び出していたようだ。
帝魔内に点在する空き地の1つに到着すると、立会人はすでに待っていた。
俺に手袋を投げつけた貴族は、手にした書類を立会人に渡す。それを一読した立会人は、その書類をこちらに見せてきた。
「相手はC級魔術師だぞ。拒否する事もできるが」
「構わないからさっさと始めてくれ」
「ではここに署名を」
書類の一番下にある空欄に名前を書く。その上には対戦者であろう名前があったが、特に覚えるつもりもない。ただ爵位は伯爵とあった。
「では立会人として、ファーレン伯爵が決闘を取り仕切る。両者前へ」
ニヤニヤした顔で貴族のボンボンが歩み出る。俺の方は一刻も早く終わらせるべく、相手を睨みつけた。
「はじめっ」
「ふん、食らえ。時空の氷室より来たりて槍となし……」
「氷の弾丸」
詠唱を始めた貴族に対して、俺は無詠唱の魔法を放った。それは狙いを外さずに貴族の肩へと突き刺さる。
魔法としては下級、氷の塊をぶつけるだけのものだが、しっかりとイメージして撃てば、それなりの威力を発揮。食らった貴族は吹き飛ばされて、詠唱を中断して呆然としている。
「終わりか?」
「なっ、何をしている。掛かれっ」
その言葉に背後に控えていた取り巻きが一気に戦闘態勢に入った。
「おいおい、いいのかよ」
「決闘の証文にあったでしょう。我らはレントに決闘を申し込むと」
証文には複数形で対戦相手を記載してあったと、立会人の教諭は事も無げに言い放つ。確認を怠ったお前が悪いと。
いかにも貴族様というすました雰囲気で、こちらを見下してくる。そんな大人の対応にも俺は、地方領主の館で慣れきっていた。
「俺が言いたいのは、加減ができなくなるぞって事なんだがな」
カガミからの手紙でむしゃくしゃした感情を抱えている俺は、今までの様に受け身で終わらせるつもりはない。全周囲が敵だった領主の館と違って、帝魔では実力があれば認められるはずだ。
改めて相手を見ると、身体強化系が2人突っ込んで来ていて、後方では後の2人が詠唱を始めている。
「五里霧中、闇の霧」
短縮詠唱で視界を閉ざす黒い霧を呼び出し、俺の周囲を覆ってしまう。
勢いの付いた前衛はそのまま霧の中へ突っ込んできて、後方の2人は目標を見失い詠唱を止める。
「音響知覚」
無詠唱で聴覚強化の魔法を使い、視界を閉ざされた中でも相手の位置を把握できるようにする。
「闇夜を照らす光を生み出せ。光」
前衛であっても魔法は使えるようだ。しかし、黒い霧の中でライトを浮かべた所で、視界はさほど変わらない。逆に位置を教えるようなものだ。
俺は音から感知した場所へと接近し、ナタの峰を使って殴り掛かる。峰打ちとはいえ金属で殴ればかなりのダメージだ。背中から一撃を入れると、そいつは蹲って動けなくなる。
もう1人も同じように背後からの攻撃で戦意を奪うと、俺は外で新たな詠唱を始めた残り2人へと目標を変えた。
「大気のうねりよ、古よりの理よ。我が意に従いて、敵を絡めて切り裂け。風の刃」
闇の霧を仲間ごと攻撃魔法で吹き飛ばすつもりらしい。カガミの得意魔法という俺の傷を抉る選択に、一瞬落ち込みそうになるが、無理にでも身体を動かす。
闇の霧を飛び出して、残り2人の方を見ると、1人がこちらを向いていた。
「…………風の刃」
「炎柱よ、顕現せよ。火の泉」
1人の詠唱に隠れるように、もう1人も詠唱を行っていたようだ。そして、発動のタイミングをずらして飛び出す所を狙っていたらしい。
咄嗟に対応する魔法が撃てたのは、カガミとの模擬戦のおかげだった。
俺の目の前に現れた火柱で気流が乱され、直進してきた風の刃は威力を削られただの風と化す。
「石弾よ、敵を穿て。石の礫」
「大地よ隆起して敵の攻撃を防げ。土壁」
火柱の影から打ち出した魔法は、相手の防御魔法に防がれる。なかなかに魔法戦に手慣れた相手のようだ。
ただ俺も地方領ではひたすらに模擬戦の相手にされてきた。場数の多さには自負がある。土壁で遮られた視界を利用して一気に近づく事にした。
「風の拳」
走り出した自分の背中に、風の魔法をぶつけて一気に加速する。攻撃するために土壁わ回り込んだ相手は、一瞬俺の位置を見失っていた。
「石の礫」
至近距離からの無詠唱魔法が相手を捉える。思わぬ方向からの攻撃に、防御も間に合わずに吹き飛ばされていった。
土壁を利用して死角に入ると、聴覚知覚で相手の位置を確認。相手との間に土壁が入るように移動を続けると、相手はこちらが何処に居るのかわからなくなって立ち止まった。
「水柱よ、顕現せよ。噴水」
音で確認している位置へと、地面から水流を吹き出させる。火の泉とほぼ同じ詠唱で、属性だけ変えたオリジナル魔法。
足元から吹き出た水流に押し上げられ、3mほどの高さまで打ち上げられて地面に落ちる。そこへ駆け寄り、ナタを突きつけた。
「これで終わりか」
「……かの者へとその刃を突き立てん。氷槍」
勝負あったかと気を緩めかけた時、そこへ最初に吹き飛ばしたリーダー格が、魔法を撃ち込んできた。
シャリルのそれに比べると可愛らしい50cmほどのツララが一本だけ飛んでくる。
しかし、少し力が抜けた身体はすぐに動かず、身をひねるだけしかできなかった。ツララは脇腹に突き刺さって貫通する。
「炎の弾丸」
咄嗟に致死性の高い炎系の魔法を発動させてしまい、慌てて目標を自らに刺さるツララへと向ける。
熱量を吸収してツララが解け、空いた穴から出血が始まった。
「は、ははっ、手こずらせやがって。降参すらなら……」
「土柱よ、顕現せよ。土の牙」
牙と言うには少し鋭さに欠ける土の隆起が、貴族の足元を突き上げる。水流よりも勢いのない隆起で2mほどしか打ち上げれなかったが、受け身も取れずに肩口から着地した貴族様は、その場でのたうち回って痛がり始めた。
「戦意喪失を確認。勝者レント」
立会人の判定が下り、勝敗が決した。




