カガミの行方
「戦意喪失を確認。勝者レント」
その声を聞いた俺は、空き地を後にする。決着がついた以上、ここにいる意味はない。
背後から立会人の教諭が何かを言って来たが、振り切ってその場を離れた。
自分の魔法では止血が精一杯で、ダンジョン入口にある救護テントで銀貨1枚を払って治療してもらう。
よくよく考えればシャリルに会えなくなった所で、俺に困ることは無かった。適当に負けてやればよかったかと気づいたのは、治療を受けている間だった。
「無駄に時間を使わされて、支払いまで発生して、とんだ損だな。決闘なんてこりごりだ……」
治療を終えた俺は、探し回ると行き違う可能性が高いので、入口が見える所でカガミを待つことにした。
しかし、日が落ちる頃まで待ってもカガミが現れる事は無い。今日はダンジョンに入ってなかったのか。
「決闘に勝ったそうね」
翌日の昼休み、俺を召集したシャリルが開口一番に言ってきた。
「損しただけだ……」
「わざと負けなくて良かったわね。もし負けてたら、帝魔に籍がなくなっているところだわ」
「何?」
「帝魔ではルールの下での決闘は推奨している部分でもあるの。魔法戦は技術向上には欠かせないからね。そこで手を抜いたり、わざと負けるような生徒は、成長意欲が無いとされて、すぐに停学になるわ」
「な、なんだって……」
「もちろん、正統な理由もなく拒否を続けたりしても同様ね。本来ならE級魔術師がC級に挑まれたら、魔力量を理由に断れるでしょうけど、一度勝った実績があると無理でしょうね」
にんまりと笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「そんなに私の側を離れたくないとは思わなかったわ。ランク差を覆すほどとはね」
「ぐふっ」
否定した所で聞き入れられない空気なのはわかる。俺は言い返す事はなく、目の前の昼食に専念する。今日はチキン南蛮だった。白いタルタルソースがこれまた絶妙で、チキンを包む衣と相まってどんどんと食が進む。
「はいこれ」
そんな俺にシャリルが何かをアイラに渡す。それをアイラが俺へと届けてくれた。それは銀貨3枚。
「何だこれ?」
「ファーレン伯爵から、昨日の治療費よ」
「そんなのが出るのか?」
「さっきも言ったでしょ。帝魔としては決闘を推奨してるって。その為に負った負傷分くらいは、治療してもらえるの。アナタは逃げるように去っていったらしいから、代わりに治療費を渡してくれって」
「へぇ……じゃあ、入学式のアレは何だったんだよ!?」
「アレは決闘じゃなくて、模擬戦だから」
「いや、決闘以上に帝魔が関わってる戦闘じゃないか」
シャリルははぁとわざとらしいため息をついて、更に銀貨を取り出した。
「仕方ないわね、治療費を払うわ」
「それより、コレを外せよ」
俺はずっと付けられたままの首輪を指差す。魔法のアイテムらしく、汚れたり傷んだりはしないようだ。ただいつもそこにある事に慣れることはない。
「あらそれはリオの料理代を払うまで駄目だわ」
「まてまて、コレを付けられたのは治療費の担保だろうが」
「そんな事言ったかしら? アナタにペットになれた記念に付けてあげただけよ」
「誰が好き好んでペットになりたがるんだよ!」
俺が立ち上がろうとすると、シャリルはニンマリと笑みを浮かべて呟いた。
「ワード・クロー……」
俺は首輪を掴みながら、座り直す。首輪が絞まり、窒息するのはゴメンだ。
「そうそう。ご主人様に従ういい子なら罰を与えなくて済むし、賢いペットでいてくれると嬉しいわ」
「ぐぬぬ……」
この呪いの首輪を解除する方法を探すべきか。鍵でもあるのか、解除用のワードがあるのか。
「下手に首輪を外そうとはしないことね。私の居ない所で絞まったら、解除してあげられないもの」
防衛装置があるような事をほのめかされる。試すのはいいが、掛けるのは命。そんな賭けに出るわけにはいかなかった。
例の散歩の後、ダンジョンの入口でカガミを待ち伏せる。お嬢様に拘束される時間を考えたら、入るタイミングで捕まえるのは難しい。出て来る所を待つしかなかった。
ダンジョンから出てくるのは夕方ごろだろうと思うが、早めに切り上げる可能性もあるので、結局はずっと待つしかなかった。
ただただ待ち続ける時間は、どんどんと思考の深みへとはまっていく事になる。
そもそもカガミを捕まえてどうするのか。手紙の真意を聞く?
『貴方のいやらしい視線が嫌でした』と面と向かって言われたら死ねる。
しかし、あの手紙がカガミ本人の物かは分かっていない。それっぽい事を誰かが嫌がらせに書いただけかもしれない。
ただあの内容を他人が書けるかというと疑問だ。カガミの性格がよく出ていた。
なぜこのタイミングか。
3階に降りる事を切り出した、借金を返済できた。どちらにせよ、区切りではあったな。
では真意は何だ。
俺とは仕方なく組んでた?
でもそんな相手に身の上まで話してくれるか?
ダンジョンの中では楽しそうだったし、喜んでいたように思える。それが唐突にこの手紙だから俺も戸惑っているわけで。
本人が次のステップに行きたいからというなら、ある程度は仕方ないと思えるが、それでもカガミの性格なら直接言ってくれそうだ。
「誰かに強要させられた?」
そこに思い至る。
カガミの立場はかなり弱い。下手をするとまだ将来を期待できるE級の俺らよりも、魔力が枯れて次世代を期待できないD級の方が辛い立場かもしれない。
となると圧力も掛けやすい。
カガミは家族を大事に思っていたし、準男爵領は魔物が多く出る場所らしい。
今は両親が魔物を抑えているらしいが、そこにプレッシャーを掛けられたら。何らかの要因で外部の力を借りなければいけなかったら?
彼女なら家族を選ばざるを得ないだろう。
しかし、彼女がそんな窮地に追い込まれる理由は何か。それは俺の存在。彼女から離れるように仕向けるという事はそうだろう。
となると昨日の決闘が思い浮かぶ。
お嬢様に付きまとっているように見える俺への嫌がらせか。
そこへダンジョンから出てくるカガミを見つけた。その隣には肩を落とす少年の姿が見える。
それを困った顔をしながらも、必死に元気づけようとするカガミの姿に、手紙の通りなのかもしれないと思う。
自分と同じように家名を背負って苦しむクラスメイトを助けてあげたいと。自分に自信を持てたがゆえに、次のステップへと進もうとしている。俺がカガミを助けたように、カガミも誰かを助けたいのだろう。
俺が彼女を助けたのは、ダンジョン内で無理して倒れていたのを何とかしたかったから。
そこに邪な下心なんて無かったはずだ。
彼女が自分を持ち、他人を助けられる余裕が持てるようになったのなら、喜ぶべき事じゃないか。
色々と邪推して、陰謀めいた事を考えたりもしたが、彼女が頑張っている姿を見て、それが誰かの思惑だとは思えなかった。
ここは大人しく彼女を見守る立場に引いておこう。
内心、色々と腑に落ちない点はありながらも、俺は自分の道を目指すことにした。




