無謀の代償
着替えを済ませてダンジョンへと向かう。早めの昼食を摂ってお嬢様のちょっかいがかからないうちに、ダンジョンへ入ってしまう。
そして先程図書館で知った補助魔法の1つを発動させた。
「闇夜に潜む猫の瞳、その見通す世界を我が物に。夜の瞳」
魔法の発動と共に視界が明るくなる。赤外線知覚ではなく、少ない光量でも見える感じだろうか。さすがに昼間のようとまではいかないが、地面や壁の出っ張りがしっかりと分かり、影のできるランタンなどより見やすい気がした。
「まあ、いきなり光をぶつけられたら、目が、目が〜状態だろうけどな」
いや待てよ、モデルが猫なら即座に瞳孔が調節してくれるのかな?
かといって自分で目潰しを食らうような馬鹿な実験もしたくはないので、疑問は放置しておく。
普通の魔術師、ダンジョンに潜るパーティなら、光を生み出す魔法を使うだろう。ランタンに比べてもかなり明るい光が出せるし、1人が作れば他の人間も恩恵にあずかれる。
パーティでは不要な技術として、一般的には使われなくなったのが暗視魔法だった。
そんな暗視魔法を駆使しつつ、俺は前回とは違う方向の奥へと進むことにした。
地図を記す紙もしっかりと見えて、夜の瞳の有用性を実感する。ランタンの明かりで戦闘するのは、なかなかに厄介なのだ。陰影がはっきりと出るのに、全体としては暗く、影に居るものに気づきにくい。
魔物は群れで襲いかかって来ることが多いので、その数を読み違えると一気に不利になったりするのだ。
入口からそれなりに離れた所で、魔力を探査。反応したポイントへとつるはしを打ち込む。ころり転げた魔石はまだ微サイズ。
「もう少し奥か」
そう思いつつも、前の轍を踏まないように、注意深く周囲の気配を探る。つるはしの音はそれなりに響いたはずだが、近寄ってくる足音などは聞こえない。それを確認してから奥へと進んだ。
ダンジョン内では慎重かつ安全に。1つしかない命を粗末にする訳にはいかない。
4時間ほどを掘りながら、襲ってくる敵を片付け魔石を集める。1階奥地の地図を埋めつつ、退路を確保しながら探索を進める。
夜の瞳でランタンを持つ必要がないのは、地図を描く上でも便利だった。
「かなりホクホクだな」
今日は襲ってくる敵も少なくて、掘りが捗っていた。そろそろ帰るか、もう少し掘るか悩みつつ少し歩いていると、それに気づいた。
夜の瞳によって拡張された視野に、何やら地面に転がっているのが見える。ダンジョン内の魔物は死体を残さない。こんな場所にゴミが捨てられるなんてあるのかと考えながら近づくと、やがてその詳細が判明する。
「おい、大丈夫か!?」
それはうつ伏せになった生徒だった。運動着に包まれた身体を抱き起こすと、更なる衝撃に襲われる。
「か、カガミ!」
名を呼ぶが返事が無いのが分かってしまう。衣服のあちこちに噛まれた痕があり、何よりも首筋から胸元にかけてぐっしょりと濡れてしまっている。
夜の瞳では色合いまでは分からないが、どす黒く見えるのは明らかだった。
「まだ温かいか」
俺はカガミの身体を抱えて入口へと走った。
「どうかしたかね」
「ええっと、ダンジョン内で倒れていて。もう息をしてないと思うんですが……」
「わかった。救護テントに運んでくれ」
俺は言われるままに入口近くに設営されている救護テントへと、カガミの身体を運んだ。
施術台の上に彼女を横たえると、待機していた医務官が寄ってきた。
「ふむ、死者だね」
「は、はい」
「何、この鮮度なら大丈夫だ。蘇らせられるよ」
あっさりと言ってのけた医務官は呪文の詠唱を始めた。
「彼の者の魂を呼び戻し、肉体へと繋ぎ直さん。蘇生術」
外傷を治療した上で、魂を呼び戻す魔法が唱えられ、カガミの身体は淡い光に包まれた。
その光が胸の辺りの凝縮してきて、電気ショックを受けたかのように彼女の身体が跳ねる。
「!?」
詠唱が終わり、静かになった救護テントの中、中央に据えられた施術台の上の少女に注目が集まる。
するとその控えめな胸元が小さく上下しはじめた。
「これから大変かもしれんが、頑張りなさい」
「へ?」
戸惑う俺を残して医務官はテントの外へと出ていった。取り残された俺は放置して帰るわけにもいかず、彼女の様子を見守った。
「ん……」
身じろぎとともに声が漏れ、その瞳が開き始める。
「わ、たし……は……」
ぼんやりとした雰囲気のまま、しばらく天井を見上げていた彼女は、やがて意識がはっきりしてきて、覗き込む俺の事を認識した。
「レント……さん?」
「カガミ、お前なぁ」
どこか寝ぼけた様子の彼女に文句を言いたくなるが、何にせよほっとして力が抜けた。
「うむ、気づいたようだね」
カガミが目を覚ますタイミングが分かってたかのように、医務官が帰ってきた。その手には何やら紙を持っている。
「早速で悪いが治療費についてだ。銀貨20枚、手持ちはあるかね?」
その問いかけに彼女は首を振る。
「ではこちらの払い込み用紙に記名を。これは借用書も兼ねるから、一定期間に支払いがなければ借金となる。いいね?」
「は……はい」
帝魔では一定額の融資を受けることができる。それは魔力掛ける銀貨1枚。彼女の魔力は確か52だから、銀貨52枚まで借用可能ではある。
ただ1階を探索する段階の彼女にとって、銀貨20枚という借金はかなり厳しい額と言えるだろう。
「支払いが終わるまでは単独でのダンジョン探索は禁止される」
「えっ……」
と、外が騒がしくなってきた。ドタドタと生徒が駆け込んでくる。その顔は真っ青で、押さえる肩口にはあるべき部位が無く、赤く染まっていた。
「ち、治療を」
「ああ、分かった。それじゃ、君達は早く出て」
次の急患が運び込まれ、押し出されるように俺達はテントを追い出された。




