D級魔術師
新たな装備と気の配り方で採掘作業はそれなりに捗った。たまに襲ってくるコボルトやレプラコーンをしっかりと迎撃しつつ、壁に埋まる魔石を回収していく。
入口近くでは微サイズしかなかったが、この辺で採れるのは殆どが小サイズ。それだけで稼ぎは3〜4倍になってくる。
3時間ほど精力的に採掘すると、結構な量の魔石が溜まっていた。
「ここいらで今日は引き上げるかな」
余力があるうちに引き上げるのがソロの鉄則。人が入ってこない地域だけに、助けてくれる者もいない。
「ん?」
その時、悲鳴を聞いた気がした。俺は耳を澄ませて気配を探る。すると右手の方から声が聞こえて、俺は迷わずに走り出した。
「だっ……たすけ……」
息も絶え絶えに叫ぶ声。俺の目に少女の姿が見えてきた。ジャージのような運動服に身を包んだ少女は帝魔の一年生だろう。
それに覆いかぶさるようにコボルトが口を開いて噛み付こうと迫っている。少女とはいえ、魔力で強化された身体は、コボルトの力と拮抗していた。
ただこのままでは上にいるコボルトが有利になる。俺は迷わずに魔法を撃ち込んだ。
「石の礫よ、飛来して敵を穿て。石の礫」
俺が指差す先へと何処からとも無く飛んできた石がぶつかっていく。
コボルトの脇腹へと吸い込まれた一撃に、コボルトは悲鳴をあげて転がる。そこへ俺はナタを手に襲いかかった。
コボルトは素早く身を起こして構えるが、スピードを乗せたナタを素手で止めることは敵わない。重い手応えと共に、腕もろとも首筋へとナタを叩きつけた。
「ギャヒィッ」
短い悲鳴を残して、コボルトは黒い霧となって掻き消えた。残された魔石は微サイズか。あまり魔石のサイズと強さは関連が無いようだ。
魔石を拾って少女の所へ戻ると、少女は何とか身体を起こしたところだった。
「大丈夫?」
「な、何とか……ありがとう、ございました」
悲鳴をあげすぎたのか、しゃがれた小さな声で答えた。
前髪を真っ直ぐに切りそろえたおかっぱ頭の少女はかなり幼く見えるが、帝魔生ということは15歳なのだろう。
俺は手持ちの水筒からカップに水を注いで手渡す。彼女は返事する気力も無いのか、頭を下げるだけで受け取り、コクコクと水を飲む。
「ぷふっ、あ、ありがとうございました」
「お礼はもういいよ」
「さっきのは助けてくれたお礼で、これは水に対するお礼です」
きっぱりと言い切った少女は少し堅苦しい印象を与えた。黒髪に大きめの黒い瞳。
俺にカップを返すと、少しよろめきながらも自分で立ち上がる。
「私はD級魔術師のカガミです。この恩はいずれ返します」
「俺はE級のレントだ。あまり堅く考えなくていいよ」
「レント……確か模擬戦で」
「お嬢様にこてんぱんにされた相手だよ」
「いえ、A級魔術師の魔法に何度も耐えたのは凄いです。なのに私より魔力の少ないE級なんですか?」
「ああ、この前ようやく5になったところだよ」
身分証を見せる。すると彼女も自分の身分証を提示してきた。D級魔術師、カガミ・イラクサ準男爵。魔力は52とギリギリD級と言ったところか。それでも俺の10倍だが。
彼女は俺の魔力5という表記を食い入るように見詰めて呟く。
「何か、何か秘訣があるのか……」
「魔力が少ない分、知識を詰め込んだ感じかな」
「知識?」
「ああ、現代の魔法はかなり失われた知識があるみたいでね」
「そ、そうかっ。かたじけない。この恩もいずれ返させてもらう」
そう言うと彼女は頭を下げて一目散に駆けて行った。独り取り残された俺は呆然と見送ってしまった。
地下一階の奥で採掘して集めた魔石はそれなりの値で売れて、今日の稼ぎは銅貨80枚を越えた。
昼食の豚汁は美味しかったが、多少ボリュームに欠けたので、帰りに食堂に寄って帰る。
「いらっしゃい」
「唐揚げ定食で」
「おっ、ちょっとは稼いできたんだね。ちょいとお待ちよ、揚げたてをやるからね」
俺はカウンターに座って食事が出てくるのを待つ。夕食時だがまだ人は少ないようだ。皆はまだダンジョンに潜っているんだろうか。
他に客もいないし少し話をしてもらおうか。
「おばちゃんも帝魔の生徒だったんだよね」
「そうだよ。E級から上がれなかったけどね」
「やっぱ、大変だよな」
「まあ、こうして帝魔内で働けてるし、他の卒業生もそれぞれに働けてるから問題ないさね。下手に貴族になる方が大変って事もあるしねぇ」
「そうなの?」
「そりゃそうさ。貴族になって領地を持ったら、その土地の民に責任持たなきゃならないし、維持する為にはそれなりの稼ぎがいるからねぇ」
「そんなもんなんだ」
「貴族になりたてはまだいいんだけどね。魔力が落ちてD級なんかになったら、大変なのよ」
「え、D級ならまだまだ強いんじゃ」
「そりゃ、あたし達からすれば強いんだけど、次の代は魔力がなくなる可能性が高いからね」
「え?」
「唐揚げ定食お待ち」
料理を持ってきてくれたおばちゃんに、詳しい話を聞くことにした。
魔力を持つものが貴族として、領地を任される事になるのはC級魔術師からだ。
D、E級は貴族の下で働く従士や帝魔のスタッフなどになる。
E級から次の代でD級、その次の代でC級とステップアップするのが普通だそうだ。実際に、おばちゃんの娘はD級魔術師になったらしい。
逆にC級からD級に落ちてくる貴族もいる。魔力が遺伝するルールに従うと、落ち始めた魔力というのは、次の代には残りにくいらしい。
D級で領地を維持できていても、次の代で魔術師が産まれなければ、爵位を返上して庶民となってしまうそうだ。
「まあ、大貴族様達は、外から有力な血を入れてくから衰退する事はないらしいがね。子爵以下だと結構入れ替わりがあるらしいのよ」
「そうなのか」
「上り調子の家は上級貴族に嫁ぐから、下級貴族にはどうしても平凡な家が残るからね」
「なんか不公平だな」
「そうでもないよ。上級貴族になれば、それに伴う責任も大きくなるからね。多くの民の命を預かるっていうのも大変さね」
「そんなもんかね」
「ま、アンタが心配する必要は無いわ。孫の代で可能性が出てくる程度だよ……まあ、その前に嫁が来るかが心配だけど」
「な、なにをっ」
「いやぁ、あたしも20年ほど帝魔で過ごしてるけど、魔力一桁ってのは初めてだからさぁ」
「ぐふっ」
「ま、魔力だけが男じゃないよ。その他の部分で頑張んな。見てくれはそんなに悪くないしね」
おばちゃんのフォローが胸に刺さった。




