009 魔王軍の面接
冒険者を辞めて三日目。
俺は仕事を探していた。
剣はそこそこ。
魔法は使えない。
魔物討伐の実績も大したことはない。
ただ、
帳簿だけは得意だった。
昔いた冒険者組合で、
誰もやりたがらない金勘定を押しつけられていたからだ。
そんな俺が見つけたのは、
町外れの古い屋敷に貼られた一枚の紙だった。
――働き手求む。
――食事支給。
――寝床あり。
――種族問わず。
「ここでいいか」
扉を開けた。
◇
部屋の奥には、
角の生えた男が座っていた。
その隣に骸骨。
さらにゴブリン。
俺は扉を閉めた。
「失礼しました」
「待て」
角の男が言った。
「面接に来たのではないのか?」
「面接?」
壁を見る。
そこには大きく書かれていた。
――魔王軍採用所。
見落としていた。
「帰ります」
「まあ座れ」
「嫌です」
「話だけでも」
なぜか面接が始まった。
◇
角の男が紙を見た。
「人間か」
「はい」
「人間を憎んでいるか?」
「別に」
ゴブリンが何かを書き込んだ。
「魔王様のために命を捨てられるか?」
「嫌です」
また書き込む。
「勇者と戦えるか?」
「できれば戦いたくないです」
骸骨が俺を見た。
『正直だな』
「帰っていいですか?」
「最後に一つ」
角の男が聞いた。
「得意なことは?」
「帳簿です」
三人の動きが止まった。
「……帳簿?」
「はい」
「兵糧の計算は?」
「できます」
「俸給の管理は?」
「できます」
「武器と防具の在庫は?」
「数えれば」
角の男が立ち上がった。
「採用」
「なんでだよ」
◇
翌日。
俺は魔王城にいた。
案内された部屋には、
羊皮紙が山になっていた。
「これが三年分の帳簿だ」
「三年?」
「前任者が逃げた」
「なぜ」
「忙しすぎて」
帰りたくなった。
◇
調べてみると、
魔王軍はひどかった。
北部隊には剣が余っている。
南部隊には剣がない。
食料庫には干し肉が山ほどあるのに、
前線ではゴブリンが木の根を食べている。
同じ砦へ、
なぜか兜だけ三百個送られていた。
俺は頭を抱えた。
「誰が管理してたんだ」
隣の骸骨が手を挙げた。
『我だ』
「お前かよ」
『我は八百年前の将軍だぞ』
「年数は関係ないだろ」
『数字を見ると眠くなる』
「骸骨なのに?」
『気分の問題だ』
◇
半年かけて整理した。
兵糧の送り先を決めた。
壊れた武器を直して使わせた。
同じ物を何度も注文するのを止めた。
ついでに、
兵士が十日以上戦ったら一日は休ませることにした。
ゴブリンたちが泣いた。
「休んでいいんですか?」
「今まで休んでなかったのか?」
「倒れたら休めました」
「それは休みじゃない」
◇
一年後。
魔王に呼ばれた。
巨大な玉座。
黒い翼。
恐ろしい顔。
「人間」
「はい」
「最近、軍の調子が良い」
「そうですか」
「食料が届く」
「送ってますから」
「武器も届く」
「送ってますから」
「兵が勝手に辞めなくなった」
「ちゃんと飯を食わせて休ませれば、そんなもんです」
魔王は長く黙った。
「お前、将軍になる気はないか?」
「ありません」
「では幹部」
「嫌です」
「なぜだ!」
「仕事が増えるからです」
魔王は悲しそうな顔をした。
◇
それからしばらくして、
勇者一行が魔王城へ攻めてきた。
城門前で戦いが始まる。
俺は倉庫の確認をしていた。
すると、
傷だらけの勇者が運び込まれてきた。
「捕虜です」
「牢へ?」
「いや、まず治療しろ」
勇者が目を開けた。
「……敵を治すのか?」
「死なれたら話もできないだろ」
食事も出した。
温かいスープ。
焼いた肉。
柔らかいパン。
勇者は黙々と食べた。
そして聞いた。
「魔王軍は……毎日これが出るのか?」
「日による」
「寝床は?」
「兵舎」
「俸給は?」
「月末」
勇者が顔を上げた。
「遅れないのか?」
「遅れたら俺が怒る」
しばらく沈黙した。
勇者は小さな声で聞いた。
「……募集、まだしてる?」
俺は答えた。
「剣士は足りてる」
勇者が肩を落とす。
「ただ」
「ただ?」
「帳簿係なら、ずっと足りない」
勇者は真剣な顔になった。
「読み書きから教えてもらえますか?」
魔王討伐は、
その日から少しだけ遠のいた。




