008 死神の休暇
死神が休暇を取った日。
世界中で、
誰も死ななくなった。
◇
最初に気づいたのは戦場だった。
騎士が胸を槍で貫かれた。
倒れた。
数秒後。
「……痛い」
起き上がった。
敵も味方も止まった。
「いや、死ぬところだろ」
「俺に言うな」
別の兵士の首に剣が入る。
普通なら助からない傷。
なのに倒れない。
「待て待て待て!」
「なんだ!」
「今日なんかおかしいぞ!」
その日の戦は、
怖くなった両軍が勝手に中止した。
◇
町でも同じことが起きていた。
百歳を超えた老人が、
家族に囲まれて最後の息を吐いた。
皆が泣いた。
三秒後。
老人が目を開けた。
「……まだ生きておる」
家族が泣き止んだ。
「爺ちゃん?」
「わしも困っとる」
◇
魔物に食われた冒険者も死ななかった。
毒を飲んだ盗賊も死ななかった。
塔から落ちた魔術師も死ななかった。
ただし、
怪我が治るわけではない。
死なないだけだった。
神殿には、
死ねない重傷者が次々と運ばれた。
神官が頭を抱えた。
「これ、奇跡じゃないぞ」
◇
王城では緊急会議が開かれた。
「不死の時代が来たのでは?」
大臣が言った。
宮廷魔術師が首を振る。
「ならば傷も治るはずです」
「では何が起きている」
誰も答えられなかった。
その時。
会議室の扉が開いた。
黒い外套。
巨大な鎌。
骸骨のように白い顔。
死神だった。
全員が立ち上がる。
「死神!」
「貴様、何をした!」
死神は眠そうに言った。
「何もしてない」
「ではなぜ誰も死なない!」
「休んでたから」
沈黙。
「……何?」
◇
死神は椅子に座った。
「三千二百年」
誰も喋らない。
「一日も休まず働いた」
王が咳払いした。
「それは……ご苦労であった」
「昨日思ったんだ」
死神が言った。
「もう無理って」
「それで?」
「休暇を取った」
大臣が震える。
「勝手に?」
死神の目が光った。
「勝手に?」
大臣は黙った。
◇
「そもそも人間は死にすぎなんだ」
死神は愚痴り始めた。
「戦争」
鎌の柄で机を叩く。
「魔物」
もう一度。
「毒」
もう一度。
「崖から落ちる」
さらに。
「酔って川に入る」
王が目を逸らした。
「お前ら少しは気をつけろ」
誰も反論できなかった。
◇
王が恐る恐る聞いた。
「では……明日からは?」
「働く」
全員が安堵した。
「ただし」
死神が指を一本立てる。
「月に二日休む」
「困る!」
大臣が叫んだ。
死神が鎌を持ち上げた。
「お前が代わるか?」
「月二日でお願いします」
◇
翌朝。
世界に死が戻った。
戦場では、
昨日まで無茶をしていた兵士たちが、
急に慎重になった。
崖には柵が作られた。
酒場では、
酔った者を川へ近づけない決まりができた。
少しだけ、
人々は命を大事にするようになった。
◇
そして一月後。
町の掲示板に、
神殿からのお知らせが貼られた。
――今月の死神休暇日。
――十二日、二十六日。
その下には、
大きな文字で書かれていた。
――ただし、痛みは普通にあります。
さらにその下。
誰かが炭で書き足していた。
――なので、試さないでください。
翌朝。
死神がその掲示板を見て、
深くため息をついた。
「そこまで書かないと駄目なのか……」




