010 死者からの手紙
王都には、死者から手紙が届くことがある。
出征する兵士や冒険者が、生きているうちに魔法郵便局へ預けておくのだ。
送り主が死ぬと、封蝋に刻まれた命の印が消え、指定された日に手紙が届けられる。
リナの夫、カイルもそうしていた。
彼が魔物討伐で死んだ三か月後。
最初の手紙が届いた。
『誕生日おめでとう。たぶん今年も、俺は花を買い忘れてる』
リナは泣きながら笑った。
死人のくせに。
相変わらずだった。
◇
翌年の誕生日。
また届いた。
『今年こそ花を用意した。郵便局の人に預けたから受け取ってくれ』
箱の中には、乾燥させた青い花が一本。
カイルが旅先でよく摘んでいた花だった。
三年目。
『ちゃんと飯を食べてるか』
四年目。
『家の屋根は直したか。雨漏りしてただろ』
五年目。
『まだ俺の剣を置いてあるなら、そろそろ売っていいぞ。錆びるだけだ』
「勝手なことばっかり」
そう言いながら、
リナは一本も捨てられなかった。
◇
十年が過ぎた。
リナは三十五歳になった。
町のパン屋を手伝うようになった。
新しい友人もできた。
笑う日も増えた。
それでも誕生日になると、
朝から扉の音を待った。
こんこん。
今年も魔法郵便の青い鳥が窓辺に降りる。
手紙を受け取る。
『十年目か』
最初の一行で涙が出た。
『もし毎年ちゃんと届いてるなら、郵便局の人は相当まじめだな』
少し笑う。
『リナ。ひとつだけ頼みがある』
手が止まった。
『俺を待つのは、もうやめてくれ』
◇
その夜。
リナは初めて、
誰にも見せなかった箱を開けた。
十年分の手紙。
読み返していると、
箱の底に小さな紙が貼られていた。
魔法郵便局の印。
――預かり書状、残り一通。
リナは息を止めた。
十一年目。
それが最後だった。
◇
翌年。
青い鳥は昼過ぎに来た。
リナはなかなか封を切れなかった。
夕方になって、
ようやく開く。
中には短い手紙が一枚だけ。
『これが届く頃、君が一人じゃないことを願っている』
それだけだった。
リナは長く黙った。
家の外から声がした。
「リナ。祭り、もう始まってるぞ」
パン屋の主人の息子だった。
ここ数年、
何度も食事に誘ってくれていた人。
リナは手紙を見る。
そして、
初めて箱へ戻さなかった。
胸元にしまった。
「今行く!」
扉を開ける。
外には灯りが並び、
町中が笑っていた。
◇
祭りの帰り。
リナは夜空を見上げた。
「ねえ、カイル」
返事はない。
当然だった。
それでも、
少しだけ笑った。
「遅くなってごめん」
風が吹いた。
胸元の手紙が、
かすかに揺れた。
その日から、
死者から手紙が届くことはなかった。
でもリナは、
もう扉の音を待たなかった。




