011 ドラゴンにもらった鱗
少年だった頃、
森で小さな竜を助けた。
翼を傷つけ、
岩陰で震えていた。
近づくと牙をむいたが、
逃げる力も残っていなかった。
「噛むなよ」
布を裂き、
傷に巻いた。
三日後。
竜は飛べるようになった。
別れ際、
胸元の鱗を一枚、自分で剥がした。
金色の鱗だった。
『困った時に燃やせ』
まだ幼い声だった。
「燃やしたらどうなる?」
『行く』
「お前が?」
『必ず』
そう言って、
竜は空へ飛んでいった。
◇
それから何度も、
鱗を燃やそうと思った。
父が病に倒れた時。
畑が枯れた年。
盗賊に襲われた夜。
でも、
そのたびにやめた。
父は薬師に助けられた。
畑は翌年また実った。
盗賊からは村の皆で逃げ切った。
「まだ大丈夫だ」
そう言って、
鱗を箱へ戻した。
◇
青年になった。
結婚した。
娘が生まれた。
娘が高熱を出した夜、
俺は箱を開いた。
金色の鱗を握る。
火にかざそうとして、
やめた。
妻が言った。
「使わないの?」
「……まだだ」
「どうして?」
自分でも分からなかった。
ただ、
本当に最後の時まで取っておきたかった。
娘は三日後、
神官の治癒で助かった。
◇
歳を取った。
妻を見送った。
娘は町へ嫁いだ。
孫もできた。
家は静かになった。
ある冬。
雪が深く積もった。
薪がなくなった。
足も弱り、
町まで下りられない。
俺は一人、
暖炉の前に座っていた。
箱を開く。
鱗は、
少年の日と同じように輝いていた。
「……そろそろいいか」
小さく笑った。
火の中へ落とした。
◇
金色の炎が上がった。
その夜。
山が震えた。
外へ出ると、
月を隠すほど巨大な竜が降りてきた。
黄金の鱗。
大きな翼。
角には幾つもの傷。
俺は笑った。
「ずいぶん大きくなったな」
竜が首を下げる。
『お前は、小さくなった』
声も、
もう幼くなかった。
「年を取ったんだよ」
『遅い』
「何が」
『呼ぶのが』
竜は少し怒っていた。
『何十年待ったと思っている』
「悪かった」
『何度も近くを飛んだ』
「そうなのか?」
『燃えた気配がないか、ずっと見ていた』
俺は笑った。
「心配性だな」
『誰のせいだ』
◇
竜は家の中を覗いた。
『困っているのか』
「薪がない」
沈黙。
『……それだけか』
「ああ」
『それだけで呼んだのか』
「駄目だったか?」
竜は長く黙った。
やがて、
大きな鼻から息を吐いた。
暖炉に火がついた。
家中が暖かくなる。
『もっと早く呼べ』
「用もないのに?」
『用などなくていい』
俺は竜を見た。
『お前は、私を助けた』
金色の目が細くなる。
『だから私は、お前に呼ばれたかった』
◇
その冬。
竜は山を離れなかった。
薪を運び、
雪をどけ、
時々大きすぎる獲物を置いていった。
「こんなに食えるか」
『弱くなったな』
「昔から食えん」
春になる頃。
娘と孫が訪ねてきた。
家の横で眠る竜を見て、
二人とも腰を抜かした。
俺は笑った。
「昔の友達だ」
竜が片目を開けた。
『友達?』
「違うのか?」
少し間があった。
『……違わない』
◇
それから、
竜は毎年冬になるとやってきた。
もう鱗を燃やす必要はなかった。
困った時でも。
困っていない時でも。
山の向こうに金色の翼が見える。
俺はそのたび、
外へ出て手を振った。
少年の頃と同じように。
今度は、
向こうから会いに来てくれた。




