012 世界で最後のスライム
冒険者になって半年。
俺には、金がなかった。
剣は刃こぼれ。
宿代は三日分滞納。
そんな時、ギルドに一枚の依頼書が貼られた。
――スライム討伐。
――最後の生息個体と思われる。
――報酬、金貨五十枚。
目を疑った。
金貨五十枚あれば、借金を返して、新しい剣も買える。
スライムの核は薬や魔道具に使われる。
高く売れるせいで、昔はどこにでもいたスライムが、今ではほとんど姿を消していた。
「最後の一匹か」
それでも。
金貨五十枚は、欲しかった。
◇
三日探して、
森の奥で見つけた。
青い、小さなスライム。
岩陰で震えていた。
片側が裂けている。
魔物に襲われたらしい。
俺を見ると、
ぷる。
と震えた。
剣を抜く。
これを倒せば、
今日から人生が変わる。
一歩近づいた。
スライムは逃げなかった。
逃げる力も残っていなかった。
俺は剣を振り上げた。
そして、
ため息をついた。
「……無理だ」
◇
ギルドへ戻った。
「いたか?」
受付に聞かれた。
「いなかった」
「本当に?」
「ああ」
初めて、
金貨五十枚より高い嘘をついた。
◇
スライムは家へ連れて帰った。
傷が治るまでは、
そのつもりだった。
水をやった。
野菜くずをやった。
翌朝には、
俺の古い靴まで半分なくなっていた。
「それは食うな」
ぷる。
「反省してるか?」
ぷるぷる。
していない。
傷が治っても、
そいつは出ていかなかった。
だから名前をつけた。
プル。
我ながら安直だった。
◇
数年が過ぎた。
俺は結局、
立派な冒険者にはなれなかった。
今では村の外れで畑を耕している。
プルは相変わらずだった。
野菜くずを食べ、
日向で丸くなり、
時々まだ靴を狙った。
「お前、本当に最後の一匹なんだよな」
ぷる。
答えているのかは分からない。
◇
ある朝。
畑に青い塊が落ちていた。
「……ん?」
ぷる。
プルより小さい。
もう一匹いた。
その翌日。
四匹。
三日後。
十二匹。
一月後。
数えるのをやめた。
◇
村は大騒ぎになった。
ギルドから魔物学者までやってきた。
老人の学者がスライムを一匹持ち上げる。
「なるほど」
「何が分かった?」
「こいつらに雄雌はない」
「じゃあ、どうやって増えたんだ」
「分裂だ」
学者は言った。
「スライムは長く生きると、自分の身体を分けて増える」
俺はプルを見る。
「……そんな話、聞いたことないぞ」
「誰も知らなかったんだろうな」
学者は肩をすくめた。
「増える歳まで生きた個体が、ほとんどいなかった」
俺は黙った。
昔の依頼書を思い出した。
見つけ次第討伐。
核は高値で買い取り。
人間は、
増える前に全部狩っていたのだ。
◇
数日後。
ギルド長が怒鳴り込んできた。
「お前のせいで村中スライムだらけだ!」
「俺のせいで増えたんじゃない」
「じゃあ誰のせいだ!」
俺は棚から古い紙を出した。
金貨五十枚。
最後の一匹を討伐せよ。
あの日の依頼書だった。
「一匹になるまで狩ったのは、お前らだろ」
ギルド長が黙った。
足元を、
小さなスライムが横切った。
ぷる。
もう一匹。
ぷる。
森の方からも、
ぷるぷるぷるぷる。
音がする。
ギルド長の顔が青くなった。
「……何匹いるんだ」
「昨日までは百くらいだった」
「昨日までは?」
俺は森から目を逸らした。
「増えるの、思ったより早い」
ギルド長が頭を抱えた。
俺は笑った。
少なくとも。
もうこいつは、
世界で最後のスライムじゃない。




