006 魔王の子供を拾った勇者
魔王を倒した日。
俺は、英雄になった。
仲間は泣き、兵士は歓声を上げた。
黒い城は燃えていた。
「終わったな」
俺もそう思った。
帰ろうとした時。
崩れた玉座の奥から、
赤ん坊の泣き声が聞こえた。
◇
黒い布に包まれた、小さな子供だった。
額には二本の角。
背中には小さな翼。
魔族。
しかも、傍らには魔王の紋章が刻まれた首飾り。
仲間が剣に手をかけた。
「勇者」
「分かってる」
「そいつは魔王の子だ」
分かっていた。
この子が大きくなれば、
また人間の敵になるかもしれない。
俺は剣を抜いた。
赤ん坊が泣き止んだ。
そして、
俺の指を握った。
「……くそ」
剣を鞘に戻した。
「勇者?」
「誰にも言うな」
「何をする気だ」
俺は赤ん坊を抱き上げた。
「育てる」
◇
村へ帰り、
角には毎朝布を巻いた。
翼は大きめの服で隠した。
名前はレオとつけた。
「父ちゃん!」
三歳になる頃には、俺をそう呼んでいた。
「走るな! 転ぶぞ!」
「転ばない!」
転んだ。
泣いた。
普通の子供だった。
火を吹いた時だけは普通ではなかった。
「父ちゃん! 見て!」
「家の中で吐くな!」
台所が燃えた。
◇
十歳。
レオは木剣を持った。
「父ちゃん、剣教えて!」
「なんでだ」
「勇者になる!」
危うく茶を吹いた。
「……勇者?」
「うん!」
「何でまた」
レオは胸を張った。
「魔王を倒す!」
俺は黙った。
「魔王って、悪いやつなんだろ?」
「……まあな」
「人間をいっぱい殺したんだろ?」
「ああ」
「じゃあ俺が、次の魔王を倒す!」
笑うべきなのか、
泣くべきなのか分からなかった。
「父ちゃん?」
「なんでもない」
その日から剣を教えた。
◇
十五歳。
レオはかなり強くなった。
俺が十五の時より、ずっと。
ある日、村に魔物が出た。
俺が剣を取るより先に、
レオが飛び出した。
子供を庇い、
腕を噛まれ、
それでも魔物を倒した。
村人たちは歓声を上げた。
「すげえぞ、レオ!」
「勇者みたいだ!」
レオは照れくさそうに笑った。
俺だけが、
その頭の布が少しずれていることに気づいた。
角が見えかけていた。
俺は慌てて直した。
◇
その夜。
「父ちゃん」
「何だ」
「俺さ」
レオは焚き火を見つめた。
「本当に父ちゃんの子?」
心臓が止まりそうになった。
「急に何だ」
「村の子供と違うから」
「どこが」
「これ」
レオは頭の布を外した。
二本の角。
今まで隠してきたもの。
「あと、背中のこれも」
小さかった翼は、
もう隠せないほど大きくなっていた。
「俺、魔族なんだろ?」
黙っていると、
レオが笑った。
「知ってたよ」
「……いつから」
「ずっと前から」
「じゃあ何で聞く」
「父ちゃんの口から聞きたかった」
俺は長い間、
何も言えなかった。
◇
全部話した。
魔王の子であること。
燃える城で拾ったこと。
俺が、
お前の父親を殺したこと。
レオは黙って聞いていた。
最後に聞いた。
「俺を恨むか?」
「分かんない」
当然だった。
「でも」
レオは俺を見る。
「父ちゃんは、俺を殺さなかったんだよな」
「ああ」
「育てた」
「ああ」
「熱出した時、三日寝ないで看病した」
「覚えてたのか」
「あと俺が初めて火を吐いた時、泣きながら井戸まで走ってた」
「あれは家が燃えてたからだ」
レオが笑った。
俺も少し笑った。
◇
翌朝。
レオは剣を背負った。
「どこ行く」
「旅」
「急だな」
「勇者になるから」
俺は眉をひそめた。
「まだ言うのか」
「言うよ」
レオは振り返った。
「魔王の子が勇者になったら、面白いだろ?」
「……馬鹿だな」
「父ちゃんの子だからな」
胸の奥が痛くなった。
「俺はお前の本当の父親じゃない」
レオは少し考えた。
そして言った。
「じゃあ、本当の父親って何?」
答えられなかった。
レオは笑った。
「俺に剣を教えて、指を切った時に怒って、病気の時に寝ないで、十五年飯を食わせてくれた。」
門の向こうへ歩き出す。
「行ってきます、父ちゃん」
俺は、
昔みたいに剣を掲げなかった。
ただ手を振った。
「行ってこい」
いつかこいつが、
本当に勇者と呼ばれる日が来たら。
俺は誰より先に、
笑ってやろうと思った。




