005 絶対に嘘をつかない剣
俺が聖剣を抜いた瞬間、神殿中が静まり返った。
石台に千年刺さっていた剣。
歴代の騎士が何人挑んでも抜けなかった、勇者の証。
司祭が震える声で言った。
「ついに……選ばれし者が」
俺は剣を掲げた。
「この命に代えても、必ず魔王を討ちます!」
剣が喋った。
『昨日、怖くなって逃げようとしていたぞ』
神殿中が、もっと静かになった。
「……喋るのか?」
『喋る』
「何で今それを言った?」
『嘘だったからだ』
その日、俺は知った。
この聖剣には、とんでもない力がある。
持ち主の嘘を、全部訂正する。
◇
王への謁見。
「陛下にお会いできて光栄です」
『さっき廊下で「話長そうだな」と言っていた』
王女との挨拶。
「噂以上のお美しさです」
『侍女の方を三回見ていた』
宴の席。
「酒はあまり得意ではありません」
『昨日は樽の横で寝ていた』
「お前、黙れないのか?」
『黙る必要があるのか?』
「ある!」
『それは本音だ』
そこだけ褒められても嬉しくない。
◇
旅が始まってからも最悪だった。
仲間の女魔術師が料理を作った。
「どう?」
「うまいよ」
『塩辛いと思っている』
槍使いが新しい兜を買った。
「似合うだろ?」
「似合ってる」
『頭が鍋に見えると思っている』
夜。
皆が寝静まったあと、俺は剣を地面に置いた。
「頼む。少しくらい空気を読んでくれ」
『私は真実を告げる聖剣だ』
「その真実で仲間が減りそうなんだよ」
『すでに魔術師は三日口を利いていない』
「知ってる!」
◇
それでも、不思議と仲間は離れなかった。
むしろ俺が格好をつけるたび、剣が本音を暴くので、いつしか皆は笑うようになった。
魔術師が言った。
「勇者って、もっと立派な人だと思ってた」
「悪かったな」
『本人もそう思っていた』
「お前はどっちの味方だ!」
『真実の味方だ』
槍使いが腹を抱えて笑った。
◇
やがて魔王城へ辿り着いた。
玉座に座る魔王は巨大だった。
角。
黒い翼。
俺たちを見るだけで、膝が震えた。
魔王が笑う。
「人間よ。よくここまで来た」
俺は聖剣を構えた。
「覚悟しろ!」
『膝が震えている』
「今は言わなくていい!」
魔王が初めて笑った。
「面白い剣だな」
そして玉座から立ち上がる。
「だが無駄だ」
黒い魔力が城を揺らした。
「我は人間など恐れておらぬ」
聖剣が光った。
今まで見たこともないほど強く。
『嘘だ』
魔王の顔から笑みが消えた。
「……何?」
『お前は人間を恐れている』
「黙れ」
『百年前、人間に敗れかけた』
魔王の翼が震えた。
『だから城に籠もった』
「黙れ!」
『勇者が来るたび、怖かった』
「黙れと言っている!」
『今も怖い』
魔王の魔力が乱れた。
仲間たちが俺を見る。
俺も剣を見た。
「お前」
『何だ』
「敵にも効くのか?」
少し間があった。
『今、知った』
「お前も知らなかったのかよ!」
魔王が叫んだ。
「殺せ! まずその剣を殺せ!」
『剣は死なない』
「そういうところだぞ!」
◇
魔王との戦いは、三日三晩続いた。
後に吟遊詩人たちは、
勇者の剣が闇を裂き、
魔王を討ち滅ぼしたと歌った。
だいたい嘘だ。
実際は、
魔王が何か格好いいことを言うたびに、
聖剣が片っ端から訂正し、
そのたびに魔王が激怒して隙を見せた。
最後の一撃を入れたのは俺だ。
そこだけは本当だ。
王都へ戻ったあと。
王が俺に言った。
「望む褒美を申せ」
俺は少し考え、
聖剣を差し出した。
「では、この剣を国宝として王宮に」
『私を手放したいだけだ』
王が笑った。
仲間も笑った。
俺は頭を抱えた。
「……頼むから、最後くらい黙ってくれ」
『嫌だ』
こいつだけは、
最後まで嘘をつかなかった。




