004 転生した騎士の馬
俺が死んだのは、戦場だった。
矢が飛んできた。
主人は気づいていなかった。
だから、俺は前に出た。
胸に三本。
一本は深かった。
倒れた俺の首を、主人が抱いた。
「馬鹿野郎」
泣いていた。
あの人が泣くところを、初めて見た。
「お前がいなくなったら、俺はどうすればいい」
俺は答えられなかった。
馬だから。
ただ鼻先を、主人の頬に押しつけた。
それが最後だった。
◇
次に目を開けた時。
俺には手があった。
足も二本。
声も出た。
人間の子供になっていた。
最初は意味がわからなかった。
でも、走ればすぐにわかった。
身体が重い。
遅い。
四本脚の方がずっといい。
人間は不便だ。
それでも一つだけ、良いことがあった。
喋れる。
今度こそ主人に、
言える。
◇
探すのに十五年かかった。
国も変わった。
戦も終わっていた。
あの人は英雄になったと聞いた。
そして今は、王都から離れた小さな村で暮らしていた。
俺は走った。
人間の足で。
息を切らして。
丘の上の家まで。
扉の前に、一人の老人が座っていた。
白い髪。
曲がった背中。
でも、すぐにわかった。
主人だった。
「……何だ、坊主」
声も同じだった。
俺は何度も練習した言葉を忘れた。
――俺です。
――あなたの馬です。
――あの時、守れてよかった。
何一つ言えなかった。
「道に迷ったのか?」
俺は頷いた。
「そうか」
主人は立ち上がった。
「腹減ってるだろ。入れ」
昔と同じだった。
誰かを放っておけない。
◇
その日だけのつもりだった。
でも、俺は村に残った。
薪を割った。
畑を耕した。
主人の足が悪い日は、町まで買い物に行った。
「悪いな」
「別に」
「お前、変な奴だな」
何度も言われた。
俺もそう思う。
主人は俺のことを知らない。
それでいいはずだった。
それでも。
時々、寂しくなった。
◇
ある日。
主人が人参を煮ていた。
俺は皿を見て顔をしかめた。
「嫌いか?」
「……うん」
「子供みたいだな」
「食べられるけど、好きじゃない」
主人が笑った。
「昔、俺の馬も人参が嫌いでな」
心臓が止まりそうになった。
「馬なのに?」
「変だろ」
笑っている。
「リンゴばっかり欲しがるんだ」
俺は俯いた。
覚えてる。
戦の前。
主人はいつも半分くれた。
自分の分まで。
◇
冬。
主人は寝台から起きられなくなった。
神官が来た。
薬師も来た。
でも皆、帰り際に首を横に振った。
その夜。
俺は主人のそばに座っていた。
「なあ」
「何?」
「お前、家族はいないのか」
「いない」
「そうか」
しばらくして。
「だったら、ここにいろ」
「……え?」
「この家をやる」
俺は笑った。
「知らない奴に?」
「十五年も飯食わせて、知らない奴はないだろ」
十五年。
気づけば、それだけ一緒にいた。
前の人生より長かった。
◇
夜明け前。
主人が目を覚ました。
「なあ」
「うん」
「昔の馬の夢を見た」
俺は息を止めた。
「どんな?」
「戦場でな。俺を庇いやがった」
主人は少し笑った。
「馬鹿な奴だった」
「……うん」
「でも、いい奴だった」
言いたかった。
俺です。
ずっとここにいました。
あなたに会いたくて、生まれ直しました。
でも。
言わなかった。
主人は目を閉じた。
「お前」
「何?」
「昔から、人参だけは嫌いだったな」
俺は顔を上げた。
主人は目を閉じたまま笑っていた。
「……気づいてたの?」
返事はなかった。
俺はその手を握った。
今度は。
ちゃんと手で。
◇
春。
主人の墓の前に、リンゴを半分置いた。
もう半分は俺が食べた。
「人参より、こっちがいい」
風が吹いた。
昔みたいに、
誰かがたてがみを撫でた気がした。




