第9話(ブラッドリー視点)軍神伯爵、悩む
「おかえりなさいませ、ブラッドリー様。本日、大ニュースがありますわ!」
屋敷へ帰ると、先日嫁にきたグローリアに出迎えられた。
ピンク色の髪と水色の瞳、いかにも令嬢らしい見た目をした少女だが、かなり変な奴だ。
命じてもないのに使用人の仕事を嬉々として手伝うし、令嬢のくせに得意なのは力仕事だと胸を張る。
『軍神伯爵』と恐れられ、おまけに初対面で『お前を愛するつもりはない』と断言したブラッドリーに対し、一目惚れをしたのだと言って話しかけてくる。
(……こんな奴が嫁にくるとは、思っていなかった)
どうせ、金目当ての令嬢がくると思っていた。
だから必要最低限の関わりだけにして、伯爵家に迷惑をかけない限りは好きにさせるつもりだった。
――なのに。
「なんと! 先日埋めたトマトが、芽を出しましたの! ほら、きてください! トマトがわたくし達を待っていますわよ!」
腕を引っ張られ、強引に中庭へ連れ出される。
振り払おうと思えば簡単に振り払えるのに、ブラッドリーは抵抗しなかった。
いや、できなかったのかもしれない。
(あまりにもグローリアが、強引にくるから)
ブラッドリーが不機嫌そうにしていても、冷たい返しをしても、お構いなしにグローリアは笑顔で話しかけてくる。
そしてそこにあるのは、100%の純度を持った好意なわけで。
さすがのブラッドリーも、無視することはできなくなってしまったのだ。
◆
「ほら、見てください!」
「……どこだ?」
「地面に注目してくださいまし。よーく見たら、見えるんです!」
そう言うと、グローリアは地面にしゃがみ込んで、顔を地面に近づけた。令嬢らしからぬ姿勢である。
(貧乏だったからとよく言うが……グローリアは、それを恥じている様子はない)
彼女にとって、実家での暮らしは貧しいながらも楽しいものだったのだろう。
「……この暗さじゃ、よく見えないだろう」
グローリアの隣にしゃがみ、小さな炎を手のひらから出して地面を照らす。
彼女の言う通り、地面からトマトの芽が少し出ていた。
「どうですか、ブラッドリー様。嬉しい気持ちになりません!? わたくし達が毎日水をあげた成果ですわよ!」
ねえ、と無邪気にグローリアが笑いかけてくる。
これほどまっすぐな感情を向けられたのはいつぶりだろう。
親を亡くし、一人で家を支えてくれる兄の助けになればと、剣と魔法の訓練に励んだ。
騎士として評価され、順調に出世を重ねた。
しかしその結果、兄の居場所を奪ってしまった。
――今の俺は、兄上の犠牲の上で成り立っている。
だから、幸せになってはいけない。そう言い聞かせ、ブラッドリーは仕事に励んできた。
そしてその結果、『軍神伯爵』と恐れられるようになったのだ。
「……ブラッドリー様?」
なにも言わないブラッドリーを不思議に思ったのか、グローリアが顔を覗き込んでくる。
その顔を見て、罪悪感がこみ上げてくるのを感じた。
(グローリアは、なにも悪くないのに)
それどころか妻としてよくやってくれている。なのに、彼女に冷たくしているのはブラッドリーだ。
でも、彼女に気を許してしまったら。
彼女との生活を楽しんで、幸せになってしまったら。
(俺は兄上に、どんな顔で会えばいい?)
考えても無駄かもしれない。今ですら、兄はブラッドリーと会おうとしないのだから。
「……ああ。嬉しいものだな、目に見えて成果が出るのは」
ブラッドリーが頷くだけで、グローリアは眩しい笑みを浮かべた。
「実がなったら、絶対に二人で収穫しましょうね、ブラッドリー様っ!」
◆
「ブラッドリー様。王宮からパーティーの招待状が届いております」
夕食を終え書斎にこもっていると、テレンスが手紙を持って中へ入ってきた。
「……断るわけにはいかないな」
「はい。それに、グローリア様のお披露目としても、よきタイミングかと」
テレンスから招待状を受け取る。頭を下げて、テレンスはすぐに書斎を出ていった。
貴族として、城で開催されるパーティーに出席するのは義務のようなものだ。
兄に家督を譲られた以上、ブラッドリーはグラッドストン伯爵家当主としての務めを果たす必要がある。
パーティーに誘えば、きっとグローリアは喜ぶだろう。
ブラッドリーとパーティーに出席できることが嬉しいと素直にはしゃぎ、めかしこもうとするに違いない。
そんな彼女の様子をつい想像してしまい、笑いそうになった自分に戸惑う。
「……兄上。俺は、どうしたら……」
ぎゅ、と唇を噛む。
誰にも言えないけれど、本当は、家督を継ぐつもりなどなかった。
ブラッドリーは、当主である兄を支えたくて頑張っていたのだから。




