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貧乏令嬢、軍神伯爵に嫁ぐ~「君を愛するつもりはない」と言われましたが、わたくしは超好きですわ!~  作者: 八星 こはく


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第10話 貧乏令嬢の苦手なこと

「パーティーですのっ!?」

「ああ。グラッドストン伯爵夫人として、グローリアにも出席してもらう必要がある」

「グラッドストン伯爵夫人……なんて素敵な響きなのかしら!」


 朝食が済むと、ブラッドリーから今度王宮で開かれるパーティーについての話を聞かされた。

 国王主催のパーティーは不定期に開かれるもので、招待状が配られるのは高い地位を持つ者や、国王が気に入った者だけなのだという。


「金は好きに使っていい。必要な服や装飾品があれば用意するように」

「ありがとうございますわ。ぜひ、ブラッドリー様のお好みを教えてくださいませ!」

「好みなどない」

「では、わたくしには何色のドレスが似合うと思います?」


 立ち上がって、ブラッドリーとの距離を詰める。

 わずかに一歩後ろへ下がったものの、顔を背けられはしなかった。


 最近、ブラッドリーの態度が軟化している。

 相変わらず寝室は別だし全く初夜が訪れる気配はないが、話かければ普通に会話が成立するし、ブラッドリーから話しかけてくれることだってあるのだ。


(だからここで、可愛いと思わせて恋愛的にもアピールをすれば、きっと上手くいくはずよ!)


「……グローリアに似合う色、か」

「ええ!」


 そんなものはない、とか、なんでもいい、ではなく、ブラッドリーは真剣に考えてくれている。

 しかも、悩みすぎて険しい顔になっているのが、なんとも言えぬほど可愛らしい。


「……白、とか」

「ではわたくし、白いドレスを用意しますわ!」

「……好きな色のドレスを着ればいいだろう」

「だって、少しでもブラッドリー様に可愛く思ってほしいんですもの」

「別に、どのドレスを着ていようと……」


 しゃべりかけて、ブラッドリーは慌てて口を閉じた。

 赤くなった頬から、続くはずだった言葉を察してしまう。


「……ブラッドリー様」

「なにも言ってないだろう!」

「そうですわね。なにも、まだ言ってくれていませんわね?」


 にやにやしながら顔を覗き込む。ああもう、と赤くなった顔をブラッドリーが両手で覆った。


「本当にブラッドリー様は、お可愛らしい方ですわね!」





 と、上機嫌でパーティーの誘いに頷いたグローリアだが、一つ大きな問題があった。


 ――グローリアは、ダンスが苦手なのである。


 苦手、というか、経験がないのだ。

 貧乏育ちのグローリアはパーティーに参加したことがない。当然、ダンスを習ったこともない。


「わたくしが恥をかくのはいいわ。でも、ブラッドリー様に恥はかかせられない……」


彼は『軍神伯爵』として有名な存在だ。彼の妻であるグローリアも、当然注目されるだろう。

 グローリアがへたくそなダンスを披露すれば、ブラッドリーにも恥をかかせてしまう。


「テレンス」

「なんでしょう、グローリア様」

「大至急、ダンスの家庭教師を雇ってくれないかしら。日中だけじゃなくて、早朝から真夜中まで練習に付き合ってくれる方がいいわ」


 テレンスは目を丸くした。


「さすがに、それでは身体を壊してしまいます」

「大丈夫よ。わたくし、身体は昔から丈夫だもの!」




「グローリア様、リズムがワンテンポ遅れています!」

「左足と右足を同時に出さないでください!」

「動きに優雅さがありません」

「視線の動かし方もダンスのうちですよ!」


 テレンスが見つけてくれたダンスの家庭教師は三人いた。

 早朝から深夜まで、というグローリアの要望を一人で満たす者がいなかったからだ。


 そしてグローリアは家庭教師を依頼してから約一週間、寝る間を惜しんで客間でダンスの練習に励んでいる。


「……そろそろ休まれてはいかがですか、グローリア様」


 レッスンが一区切りつくと、三人の家庭教師のうち最も年齢の高い者――ベッティーナがそう声をかけてきた。

 彼女は若い頃、王族にダンスの稽古をつけていたこともあったのだという。

 現在は依頼に応じ、短期間のダンスレッスンをしているらしい。彼女は夜型人間らしく、夕食後から深夜までのレッスンを担当してくれている。


「いいえ。まだ大丈夫ですわ。休んでいる暇がもったいないですから」


 運動神経は悪くないし、ダンスの習得にそれほど時間はかからないだろう。

 グローリアはそう思っていたが、大きな誤算だった。

 ダンスは運動とは全く違う。リズムに乗って優雅に動くことは、グローリアにとって正真正銘、苦手なことだったのだ。


(だからこそ、休憩している暇なんてないわ)


「分かりました。では、曲を流しますので、最初から通しで確認しましょう。グローリア様は動きが大きいのはいいですが、勢いがありすぎ、柔らかさに欠けます。次はそこを意識してください」

「分かりました」


 音楽に合わせ、ベッティーナの言う通りに踊ってみる。

 意識すればするほど身体が硬くなりそうになるが、優雅に、ゆっくりと……と何度も心の中で言い聞かせた。


 曲が終わり、ベッティーナが評価を述べようとしたところで、不意に客間の扉が開いた。

 入ってきたのはブラッドリーである。


「ブラッドリー様! なにかありました!?」


 慌ててブラッドリーに駆け寄る。まだ寝間着姿ではないから、今日は遅くまで起きていたのだろうか。


「……まだ起きていたのか」

「ええ、わたくしはダンスの稽古がありますもの。それよりブラッドリー様は明日もお仕事ですのに。どうして……」


 最後まで言えなかったのは、急にブラッドリーが床にグローリアの足元にしゃがんだからだ。


「……ブラッドリー様?」

「足を怪我しているんじゃないのか」

「え?」

「歩き方が、少しだがいつもと違った。靴を脱いでみろ」


 ブラッドリーに言われるがまま、両足の靴を脱ぐ。

 ひいっ、と悲鳴を上げたのはベッティーナだった。


「あら? 確かに、少し怪我をしていますわね」


 足の甲が、真っ赤になって腫れている。加えて、足の親指からはわずかに血が出ていた。


「……少し?」

「放っておけばそのうち治りますわ。それよりブラッドリー様、なにかあったんですの? お困りごとがあるなら、わたくしが相談に乗りますわ!」


 仕事熱心なブラッドリーが仕事の前日に夜更かしをしているなんて、よほどのことがあったのだろう。

 妻として、できることをしなくては。


「……俺の困りごとは目の前にある」

「え?」

「今すぐ休め、グローリア」


 そう言ってブラッドリーは、鋭い目でグローリアを睨みつけたのだった。

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