第10話 貧乏令嬢の苦手なこと
「パーティーですのっ!?」
「ああ。グラッドストン伯爵夫人として、グローリアにも出席してもらう必要がある」
「グラッドストン伯爵夫人……なんて素敵な響きなのかしら!」
朝食が済むと、ブラッドリーから今度王宮で開かれるパーティーについての話を聞かされた。
国王主催のパーティーは不定期に開かれるもので、招待状が配られるのは高い地位を持つ者や、国王が気に入った者だけなのだという。
「金は好きに使っていい。必要な服や装飾品があれば用意するように」
「ありがとうございますわ。ぜひ、ブラッドリー様のお好みを教えてくださいませ!」
「好みなどない」
「では、わたくしには何色のドレスが似合うと思います?」
立ち上がって、ブラッドリーとの距離を詰める。
わずかに一歩後ろへ下がったものの、顔を背けられはしなかった。
最近、ブラッドリーの態度が軟化している。
相変わらず寝室は別だし全く初夜が訪れる気配はないが、話かければ普通に会話が成立するし、ブラッドリーから話しかけてくれることだってあるのだ。
(だからここで、可愛いと思わせて恋愛的にもアピールをすれば、きっと上手くいくはずよ!)
「……グローリアに似合う色、か」
「ええ!」
そんなものはない、とか、なんでもいい、ではなく、ブラッドリーは真剣に考えてくれている。
しかも、悩みすぎて険しい顔になっているのが、なんとも言えぬほど可愛らしい。
「……白、とか」
「ではわたくし、白いドレスを用意しますわ!」
「……好きな色のドレスを着ればいいだろう」
「だって、少しでもブラッドリー様に可愛く思ってほしいんですもの」
「別に、どのドレスを着ていようと……」
しゃべりかけて、ブラッドリーは慌てて口を閉じた。
赤くなった頬から、続くはずだった言葉を察してしまう。
「……ブラッドリー様」
「なにも言ってないだろう!」
「そうですわね。なにも、まだ言ってくれていませんわね?」
にやにやしながら顔を覗き込む。ああもう、と赤くなった顔をブラッドリーが両手で覆った。
「本当にブラッドリー様は、お可愛らしい方ですわね!」
◆
と、上機嫌でパーティーの誘いに頷いたグローリアだが、一つ大きな問題があった。
――グローリアは、ダンスが苦手なのである。
苦手、というか、経験がないのだ。
貧乏育ちのグローリアはパーティーに参加したことがない。当然、ダンスを習ったこともない。
「わたくしが恥をかくのはいいわ。でも、ブラッドリー様に恥はかかせられない……」
彼は『軍神伯爵』として有名な存在だ。彼の妻であるグローリアも、当然注目されるだろう。
グローリアがへたくそなダンスを披露すれば、ブラッドリーにも恥をかかせてしまう。
「テレンス」
「なんでしょう、グローリア様」
「大至急、ダンスの家庭教師を雇ってくれないかしら。日中だけじゃなくて、早朝から真夜中まで練習に付き合ってくれる方がいいわ」
テレンスは目を丸くした。
「さすがに、それでは身体を壊してしまいます」
「大丈夫よ。わたくし、身体は昔から丈夫だもの!」
◆
「グローリア様、リズムがワンテンポ遅れています!」
「左足と右足を同時に出さないでください!」
「動きに優雅さがありません」
「視線の動かし方もダンスのうちですよ!」
テレンスが見つけてくれたダンスの家庭教師は三人いた。
早朝から深夜まで、というグローリアの要望を一人で満たす者がいなかったからだ。
そしてグローリアは家庭教師を依頼してから約一週間、寝る間を惜しんで客間でダンスの練習に励んでいる。
「……そろそろ休まれてはいかがですか、グローリア様」
レッスンが一区切りつくと、三人の家庭教師のうち最も年齢の高い者――ベッティーナがそう声をかけてきた。
彼女は若い頃、王族にダンスの稽古をつけていたこともあったのだという。
現在は依頼に応じ、短期間のダンスレッスンをしているらしい。彼女は夜型人間らしく、夕食後から深夜までのレッスンを担当してくれている。
「いいえ。まだ大丈夫ですわ。休んでいる暇がもったいないですから」
運動神経は悪くないし、ダンスの習得にそれほど時間はかからないだろう。
グローリアはそう思っていたが、大きな誤算だった。
ダンスは運動とは全く違う。リズムに乗って優雅に動くことは、グローリアにとって正真正銘、苦手なことだったのだ。
(だからこそ、休憩している暇なんてないわ)
「分かりました。では、曲を流しますので、最初から通しで確認しましょう。グローリア様は動きが大きいのはいいですが、勢いがありすぎ、柔らかさに欠けます。次はそこを意識してください」
「分かりました」
音楽に合わせ、ベッティーナの言う通りに踊ってみる。
意識すればするほど身体が硬くなりそうになるが、優雅に、ゆっくりと……と何度も心の中で言い聞かせた。
曲が終わり、ベッティーナが評価を述べようとしたところで、不意に客間の扉が開いた。
入ってきたのはブラッドリーである。
「ブラッドリー様! なにかありました!?」
慌ててブラッドリーに駆け寄る。まだ寝間着姿ではないから、今日は遅くまで起きていたのだろうか。
「……まだ起きていたのか」
「ええ、わたくしはダンスの稽古がありますもの。それよりブラッドリー様は明日もお仕事ですのに。どうして……」
最後まで言えなかったのは、急にブラッドリーが床にグローリアの足元にしゃがんだからだ。
「……ブラッドリー様?」
「足を怪我しているんじゃないのか」
「え?」
「歩き方が、少しだがいつもと違った。靴を脱いでみろ」
ブラッドリーに言われるがまま、両足の靴を脱ぐ。
ひいっ、と悲鳴を上げたのはベッティーナだった。
「あら? 確かに、少し怪我をしていますわね」
足の甲が、真っ赤になって腫れている。加えて、足の親指からはわずかに血が出ていた。
「……少し?」
「放っておけばそのうち治りますわ。それよりブラッドリー様、なにかあったんですの? お困りごとがあるなら、わたくしが相談に乗りますわ!」
仕事熱心なブラッドリーが仕事の前日に夜更かしをしているなんて、よほどのことがあったのだろう。
妻として、できることをしなくては。
「……俺の困りごとは目の前にある」
「え?」
「今すぐ休め、グローリア」
そう言ってブラッドリーは、鋭い目でグローリアを睨みつけたのだった。




