第7話 貧乏令嬢、過去を知る
「では、わたくしは帰りますわね。午後の訓練も、頑張ってくださいまし」
昼食を終えたグローリアは、ブラッドリーに挨拶をして帰ることにした。
彼との時間をもう少し長くとっていたいけれど、仕事の邪魔をするわけにはいかない。
(それに、やらなきゃいけないことだってあるもの!)
必要なのは状況の把握と、ブラッドリーを幸せにするための計画の立案。
のんびりしている暇はない。
「ブラッドリー様のお帰りを、心からお待ちしておりますわっ!」
◆
「おかえりなさいませ、グローリア様」
屋敷へ戻ると、テレンスが迎えてくれた。アニーは台所で夕食の準備をしているらしい。
二人の仕事も手伝いたいが、今日はまずテレンスに聞きたいことがある。
「テレンス。ブラッドリー様の過去について、分かっていることを教えてくれないかしら?」
「……それは」
テレンスが口を閉ざす。予想はしていたことだが、あまり明るい話ではないのだろう。
「お願いします。わたくしは、もっとブラッドリー様のことを知りたいのです」
本人から直接事情を聞くべきかもしれないが、話したくないこともあるだろう。
とはいえこれからのことを考えると、ある程度は知っておきたい。
「……分かりました。私に分かる範囲のことですが、グローリア様にお伝えしましょう」
◆
居間に移動し、テレンスが用意してくれた紅茶を飲みながら話を聞く。
「ブラッドリー様の両親は、ブラッドリー様が5歳の時に亡くなってしまいました。不幸な事故であり、突然のことでした」
「……そんな」
「その後、グラッドストン伯爵家を支えたのはブラッドリー様の兄であるパーシヴァル様です。彼も当時10歳と幼い少年でしたが、聡明で、賢い方でした」
聞き逃さないように、頷きながら話を聞く。
グローリアは5歳だった頃をあまり覚えていないが、きっと毎日のように父や母に遊んでもらっていた。10歳の時だってそうだったはずだ。
(グラッドストン伯爵兄弟は、とても辛い人生を送ってきたのね)
もちろん、生活に困るようなことはなかったのだろう。しかし、それと心の問題は全くの別物だ。
「当主となったパーシヴァル様は、幼いブラッドリー様を支え、伯爵家を運営していました。財政が乱れることもなく、立派に仕事をなさっていたのです」
「……すごいわ」
「はい。そしてブラッドリー様は、パーシヴァル様を親のように慕っておりました。パーシヴァル様も、ブラッドリー様のことを可愛がっていました」
仲のいい兄弟だったのだろう。
しかし今、二人は離れて暮らしている。
弟が結婚したというのに、パーシヴァルが屋敷を訪れるという話はない。
「ですが……ブラッドリー様が10歳になると、パーシヴァル様にはない魔法の才能が発覚しました。それだけではなく、ブラッドリー様は、剣術でも見事な才能を発揮していったのです」
「……パーシヴァル様は、ブラッドリー様を妬むようになったの?」
「いいえ。ですがブラッドリー様が功績を上げるにつれ、ブラッドリー様を当主にすべきだという外圧が強くなっていきました」
幼い両親に代わって弟を支えながら、伯爵家当主として頑張っていたパーシヴァル。
にもかかわらず周囲は、才能のある騎士だったブラッドリーを当主に据えようとしていた。
(……辛いに決まっているわ、そんなの)
「次第にその声は激しくなり、パーシヴァル様は『無能なお飾り当主』とまで馬鹿にされるようになったのです。派手な才能はなくとも、堅実な方でした」
「そんな……」
「それに忙しくて、同世代の方のように、剣術等を学ぶ機会もなかったのです。ですがブラッドリー様には、十分な教育の機会を与えていました」
思い出すと辛くなるのか、テレンスはゆっくりと息を吐いて目頭を押さえた。
「そしてブラッドリー様の20歳の誕生日。パーシヴァル様はブラッドリー様に家督を譲り、隠居することを決めました。今から、3年前の話です」
「……それから、ブラッドリー様とパーシヴァル様は会っていないの?」
「はい、一度も。ブラッドリー様の出した手紙にも、返事はありません」
いったいパーシヴァルは、ブラッドリーのことをどう思っているのだろう。
憎んでいるのだろうか。恨んでいるのだろうか。
それとも、関わりたくないと思っているのだろうか。
「だからブラッドリー様は、幸せになるべきじゃない、なんて言っていたのね……」
今の自分の地位が、兄の犠牲の上に成り立っていると思っているから。
跡継ぎを作ろうとしないのも、もしかしたら兄への配慮なのかもしれない。
「教えてくれてありがとうございますわ、テレンス」
兄弟の問題に対して、グローリアは完全な部外者だ。グローリアの力では、二人を仲直りさせることはできないかもしれない。
(でも、日常に癒しと楽しみを与えることはできるはずだわ)
おそらくブラッドリーは今、全ての娯楽を遠ざけて暮らしている。
仕事に熱中し、幸せになるべきではないと自らに言い聞かせながら。
(少しずつでも、ブラッドリー様に毎日を楽しいと感じてほしい)
そのためにできることを、全力でやってあげたい。
「テレンス」
「はい」
「大至急、鍬を用意してくださる?」
「……はい?」
「庭に、菜園を作りますわよ!」
グローリアの言葉を聞いて、テレンスはぽかんとした表情を浮かべたのだった。




