第6話 貧乏令嬢、決意する
「いきなり二人きりになりたいなんて、大胆ですわね、ブラッドリー様……」
「そんなことは言ってない」
溜息を吐くと、ブラッドリーはグローリアの手を放した。
ブラッドリーに連れられて向かったのは、訓練所の中でも人の少ない場所だった。何の建物かは分からないが、建物の裏側のじめっとした場所である。
「……ハワードの妻と一緒だったようだが、何があった」
「彼女が殿方に絡まれていたので、助けたら仲良くなれたんですの」
「助けた?」
「ええ。ただのちんぴらでしたから、わたくしが相手をしておきましたわ」
あっけらかんと答えると、ブラッドリーは呆然とした顔でグローリアを見つめた。
「……お前、武術の心得もあるのか」
「ブラッドリー様に言うのは恥ずかしいレベルですけれど、貧乏育ちですから。たいていのことは、一人でできるようになりました」
「ハワードの妻を助けたのは偶然か?」
「そうですわ。誰かは分かりませんでしたが、困っていそうでしたから」
グローリアにとっては当たり前のことだ。自分にできる範囲で困っている人がいれば助ける。
そうすれば、巡り巡って自分にも良いことが返ってくるのだ、というのは母の教えである。
「それよりブラッドリー様。わたくしも一緒に昼食を食べてもいいかしら?」
「……好きにしろ」
「ありがとうございますわっ!」
地面に布を敷いて、その上に腰を下ろす。
テレンスが持たせてくれたバスケットの中には二人分の昼食が入っていた。
「今朝は、お見送りできなくて申し訳ありません。わたくし、寝坊したみたいですわ」
「……別に、見送る必要はない」
「必要はなくても、わたくしはしたいんですの」
バスケットから、二人分のパンを取り出す。瓶には苺のジャムも入っていて、干し肉も入れてある。
グローリアからすれば御馳走だ。
「わたくし、ブラッドリー様に聞きたいことがありますの」
「……なんだ」
不愛想ながらも、ブラッドリーはちゃんと会話に応じてくれた。
「ブラッドリー様は、どうして結婚しようと思いましたの? 跡継ぎの為ですの? それとも、世間体の為ですの?」
答えにくい質問だったのだろう。ブラッドリーはすぐには答えず、ジャムを塗ったパンにかぶりついた。
「……お前が知る必要はない」
「なぜですの?」
「……結婚するというだけで、俺の目的は果たされている」
つまり、世間体の為、ということなのだろうか。
「では、わたくしと愛のある夫婦になっても、困ることはありませんわよね? 他に愛人がいる、というわけでもないのでしょう?」
平民の愛人の存在を隠すために貴族と結婚し、愛人との子供を妻の子供と偽って育てる。
貴族社会では稀にあることだ。
しかし、ブラッドリーの場合は違うだろう。グローリアのような貧乏貴族を娶るくらいなら、平民と結婚しても大差はない。
「……そういうわけにはいかない」
「どうしてですの?」
ぐいっ、とブラッドリーとの距離を詰める。逃げようとした彼の腕を掴むと、驚いたように目を見開いた。
「……お前は、本当に物怖じしない奴だな」
「だってブラッドリー様、わたくしを殴ったりしないでしょう?」
そっと溜息を吐くと、ブラッドリーは目を逸らしながらも質問に答えてくれた。
「俺だけ幸せになるわけにはいかないんだ」
苦しそうな声だった。まるで、自分自身を強く責めるような。
「……俺は、幸せになるべき人間じゃない」
「過去に、なにかありましたの?」
ブラッドリーは答えてくれない。もっと彼のことを知りたいけれど、質問を重ねるのはやめた。
話したくないことを無理に聞いて、ブラッドリーを苦しめたいわけではないから。
「こんな男の妻にしたことは申し訳なく思っている。金がいるなら、必要なだけ言えばいい」
「ブラッドリー様」
両手で彼の頬を挟み、強引に目を合わせる。銀色の瞳には涙なんてたまっていないのに、彼が泣きそうな顔をしている気がした。
「わたくしは、ブラッドリー様を幸せにしてみせますわ」
「言っただろう。俺は幸せになるべき人間じゃないと」
「その呪いを、わたくしが解いてみせます」
彼の過去を変えることはできない。だが妻として、未来を共に作っていくことはできる。
「わたくしがブラッドリー様に、幸せというものを教えてあげますわ!」
グローリアは貧乏育ちで苦労したが、胸を張って幸せだと言える。
両親には無償の愛を注いでもらったし、弟も懐いてくれた。暮らしはきつくても、ささやかな楽しみを幸せに生きてきた。
「だからブラッドリー様、幸せになる覚悟を決めてくださいませ!」
ブラッドリーの瞳が揺れる。その表情を見て、グローリアは確信した。
(きっとブラッドリー様は、寂しかったんだわ)




