第5話 貧乏令嬢、友達を作る
「たっ、助けていただき、ありがとうございます……! わ、私は、第一騎士団副団長、ハワード・キャンベルの妻、アイリーンと申します」
亜麻色の髪の少女は、慌ててそう名乗った。
先程のことがよほど怖かったのか、未だに身体が震えている。
「安心なさって。また絡まれても、わたくしがどうにかしてみせますわ」
「あ、ありがとう、ございます……」
グローリアの目を見て、アイリーンは柔らかく笑った。
「アイリーン殿。貴女、第一騎士団副団長の奥方と言いましたわよね?」
「はっ、はい。その、団長様にはいつも、主人がお世話になっております」
「……ブラッドリー様は、副団長殿と親しいのかしら?」
「はい。ハワード様が副団長になることができたのも、団長様のおかげなんです」
彼女の言葉が事実であれば、ブラッドリーは騎士団の団員とは良好な関係を築いているのだろう。
というか、まともにコミュニケーションをとれない人間に、騎士団長が務まるはずがない。
「団長様が結婚なさるという話は、ハワード様から聞いていました。アイリーン様のように、素敵な奥方様だったのですね……」
「まあ! 素敵だなんて。ありがとうございますわ。でも、貴女もとっても素敵よ!」
男達を簡単に追い払えたグローリアが珍しいだけで、普通の令嬢であれば先程の反応は普通だろう。
「……グローリア様は確か、今までは王都の外で暮らしていたんですよね」
「ええ。領地で暮らしていたの」
「でしたら、私のことは知らないのでしょうが……私と仲良くすると、他の奥様方に嫌われてしまいます」
そう言うと、アイリーンは切なげに目を伏せた。
「他の奥様方?」
「第一騎士団の、団員の妻達のことです。すぐにグローリア様にもお誘いがあると思いますが、騎士団には婦人会というものがあって……私は、そこで避けられていて……」
周りに誰もいないことを確認してから、アイリーンは第一騎士団の婦人会について説明してくれた。
自然に発生した団体であり、第一騎士団の妻の集まりであること。
第一騎士団の団員全員が貴族で構成されているため、妻も大半が貴族の家の出身だということ。
その中で、平民出身のアイリーンが疎まれている、ということ。
「ハワード様のおかげで、表立っていじめられるようなことはありません。でも……」
「夫の地位が、完全に婦人の地位を決めるわけではない、ということね?」
「……はい」
だとすれば、グローリアもなかなか婦人会には馴染めないかもしれない。
貴族とはいえ、グローリアの実家はかなりの貧乏だ。
「教えてくれてありがとうございますわ、アイリーン様。それはそれとして、今後は友人としてよろしくお願いいたします」
グローリアが手を差し出すと、え? とアイリーンは目を丸くした。
「これもなにかの縁ですもの。それに、わたくしは貴族とはいえ、超ド級の貧乏ですの。わたくしだって、婦人会の皆様からは嫌われてしまうかもしれませんわね」
「……グローリア様」
「わたくし達二人で新しい婦人会を作ってもいいですわね。なにをするかは分かりませんが、わたくし、体力と握力には自信がありますの」
グローリアが両手で力こぶを作ってみせると、アイリーンは声を上げて笑った。
◆
アイリーンに案内してもらい、第一騎士団の訓練所へ向かう。
門の中もずいぶんと広くて、彼女の案内がなかったら道に迷っていたかもしれない。
「アイリーン殿。騎士団はいつも、ここで訓練していますの?」
「はい。戦があれば出兵しますが、戦がない時は、こうして訓練に励んでいるんです」
「そうなのね。そういえば、アイリーン殿はどうしてここへ?」
尋ねると、アイリーンは右手に持っていたバスケットの中身を見せてくれた。
どうやら彼女もグローリアと同じく、昼食を持ってきたらしい。
「ハワード様にお食事をお持ちしたんです。いつもは食堂で食べられるのですけれど、昨日は会えなかったので」
「食堂がありますの?」
「はい。基本的に、騎士団の皆様はそちらで食事をなさいますよ」
「そうなのね……」
テレンスがグローリアに昼食を持たせてくれたのは、完全に彼の気遣いだったのだろう。
しばらく歩くと、アイリーンが足を止めた。そして、石畳が円形に敷き詰められた場所を指差す。
「あそこです、グローリア様」
石畳の上で、何人もの男達が剣を交わしていた。
真っ赤な髪をしているから、ブラッドリーは遠目から見てもすぐに分かる。
「もうすぐお昼休みですから、このあたりで待っていたら気づいてくれると思います」
アイリーンが近くのベンチを指差す。
よかった。もし彼女がいなければ、ここから大声で名前を呼んでいたところだった。
◆
「俺のアイリーン! 今日も可愛いなあ!」
眼鏡をかけた金髪の男が、そう大声で言いながらアイリーンに近づいてきた。
筋骨隆々のこの男が、どうやらアイリーンの夫・ハワードらしい。
「アイリーン? 今日は誰かと一緒なのか?」
そう言うと、ハワードは鋭い眼差しをグローリアへ向けた。その瞬間、アイリーンが慌てて立ち上がる。
「ハワード様! 勘違いなさらないでください。この方は、私を助けてくれた恩人で……わっ、私の、友達なんです」
アイリーンが頬を赤く染めながら微笑む。女のグローリアもついにやけてしまうほど愛らしい笑顔だった。
「友達ができたのか、アイリーン!」
「はい」
「よかった、本当によかったなあ。うちのアイリーンをよろしく頼む……ん? 今、恩人、って言ってたよな。アイリーン、なにかあったのか?」
「す、少し男性達に絡まれて」
「ああっ!? どこのどいつだ!?」
途端に柄が悪くなったハワードをアイリーンが必死になだめる。そして、グローリアが四人の男を手際よく撃退した旨を説明してくれた。
「……なるほどな。だがアイリーン、一人で出歩くなと言っているだろう」
「申し訳ありません、近所だからとつい……」
「改めて、うちのアイリーンを助けてくれてありがとうございます」
ハワードは丁寧に頭を下げてくれた。
アイリーンの敵には容赦がなさそうな男だが、それだけ彼女を大事にしているのだろう。
「いえ。団員の妻を助けるのは、団長の妻として当たり前の事ですもの」
「……団長の妻?」
「はい。わたくし、ブラッドリー様の妻、グローリア・グラッドストンですわ」
尋ねると、ハワードは大きく目を開いた。そして、がはは、と口を大きく開けて笑う。
「ブラッドリー! お前の愛しの奥方様がやってきたぞ!」
ハワードがからかうように叫ぶと、近くにいた団員全員の視線がグローリアに集中した。
とりあえず笑みを振りまいておくと、ハワードの声に反応したブラッドリーがやってくる。
「ブラッドリー様!」
騎士団の制服に身を包んだブラッドリーは、想像の何倍も格好良かった。
「お食事を持ってきましたの」
「……頼んでいないが」
「でも会いたいからきちゃいましたわ」
にこっ、と笑うと、近くで見ていたハワードが噴き出した。
「それと、ブラッドリー様」
「……なんだ?」
「制服姿も最高に格好いいですわ! 大好きです!」
「とりあえずこっちへこい!」
いきなり怒鳴ると、ブラッドリーはグローリアの手を引っ張ったのだった。




