第4話 騎士団長の妻
「……あっ!」
ブラッドリーが風呂場へ向かった後、グローリアは一つの失敗に気づいた。
(わたくしが先にお風呂に入っておかないと、初夜の準備ができないじゃない!)
先に入浴を済ませ、万全の状態を作って寝室で待つ予定だった。
だが、ブラッドリーが先に風呂場へ行ってしまったことで、その作戦がだめになってしまったのだ。
(仕方ないわね。お風呂から出たら、ブラッドリー様の寝室へ向かえばいいわ)
愛するつもりはない、という宣言はされた。
しかし婚姻関係を結んだのだから、さすがに跡継ぎを作る気はあるのだろう。
(緊張するけれど、これも妻としての務めだもの)
◆
「はああああああああああ!? もう寝た!? ブラッドリー様がっ!?」
「グローリア様、お静かに。大声で叫ばれては、ブラッドリー様が起きてしまいます」
「起きるべきなんじゃないのっ!?」
つい喚いてしまったグローリアを、テレンスが慌ててブラッドリーの寝室の扉から引き離す。
アニーに手を貸してもらい、風呂で丁寧に髪と肌を洗ってブラッドリーの寝室へ向かったグローリアを待ち受けていたのはテレンスだった。
そして彼は、少し気まずそうな顔で口にしたのだ。
『ブラッドリー様はもう、眠ってしまいました』と。
「グローリア様。ブラッドリー様は仕事の前日、21時には就寝なさるのです」
「21時……?」
「はい。騎士団の朝は早く、特にブラッドリー様は早朝に家を出発するんです。毎朝、訓練が始まる前に自主練に励んでいるんですよ」
そう語るテレンスは、どこか誇らしげだった。
気難しい主人には困っているものの、仕事熱心で、第一騎士団の団長を務める優秀な主人を誇りに思っているのだろう。
「……あの、でも今日、結婚初日なのですけれど」
苦し紛れに主張してみると、テレンスが答えた。
「実は、グローリア様を寝室に入れるな、と言われておりまして……」
「はああああああああああ!?」
「お静かに! グローリア様、落ち着いてください!」
今日は結婚初夜だ。にもかかわらず、新妻を放置して眠ってしまうなんてあり得ない。
(それに、跡継ぎを作ることが目的ではないのなら、どうしてわざわざ結婚なんてしたの?)
分からない。しかも、直接聞こうにも、ブラッドリーは眠っている。
「……分かりましたわ。お仕事なら仕方ありませんもの」
「ご理解ありがとうございます、グローリア様」
「明日の朝、ブラッドリー様と話をするわ」
「早朝になりますが、大丈夫でしょうか?」
「ええ。起こしてくださる?」
任せてください、とテレンスは頷いた。
不本意だが、今日はグローリアも早く寝て、明日の朝しっかりブラッドリーと話すことにしよう。
彼の考えがどうであれ、既に夫婦になったのだ。夫婦として、これからのことを話しあわねばならない。
◆
翌日。
窓から差し込む陽光と、鳥の囀りでグローリアは目を覚ました。
ゆっくりと身体を伸ばし、あくびをしてからベッドを下りる。
「やっぱり、高級ベッドだとよく眠れるわね……」
床のように硬い実家のベッドとは雲泥の差だった。二度寝をしたい誘惑を感じながらも、なんとか着替えを済ませる。
「ブラッドリー様の妻として寝坊をするわけには――って、あれ?」
確か昨日、テレンスはブラッドリーが早朝に家を出ると言っていなかったか。
そして、テレンスに朝起こしてもらう約束だったはず。
グローリアは慌てて部屋を飛び出した。すると、待っていたかのようにテレンスが立っている。
「テレンス! ブラッドリー様は!?」
「……とっくに出発なさいました」
「えっ!? 起こしてくれるって言ったじゃない!」
思わず叫んだグローリアを見て、テレンスが困った顔で続けた。
「グローリア様が、全く起きなかったのです」
「……わ、わたくしが?」
「はい。ぎりぎりまで私は起こそうとしたのですが……ブラッドリー様も、『寝かせておいてやれ』と言っていました」
「まあ、ブラッドリー様ったら優しい……じゃなくってっ!」
せっかくの話すチャンスを失ってしまった。しかも、結婚早々、寝坊する妻という印象を持たれてしまった。
「ああ……」
両手で頭を抱えてうなだれたグローリアを見て、テレンスが優しく微笑む。
「グローリア様。もしよろしければ、おつかいを頼まれてくれませんか?」
「おつかい?」
「ブラッドリー様は今日、《《たまたま》》昼食を持っていき忘れました。私に代わって、第一騎士団の訓練所へ届けてくれませんか?」
ぱちぱち、とまばたきを繰り返した後、グローリアは全力で頷いた。
「お任せください! 完璧なおつかいを成し遂げてみせますわ!」
◆
「えーっと、こっちの方向なのよね」
第一騎士団の訓練所は、屋敷から歩いていける距離にあった。おそらく、訓練所の近くにブラッドリーが家を建てたのだろう。
(確か、元々のグラッドストン伯爵家の邸宅には、ブラッドリー様のお兄様が住んでいるのよね)
なんてことを考えつつ、訓練所へ向かう。
テレンスから預かった入場許可証を見せれば、訓練所の中へ入れるらしい。
(訓練中の格好いいブラッドリー様を見られるかもと思うとわくわくするわ)
浮かれながら、歩く速度を上げる。すると、門の手前で、一人の少女が四人の男達に囲まれているのに気づいた。
「やっ、やめてくださいっ、わ、わたし、騎士団の訓練所に用事があって……」
「用事ぃ? 後でいいじゃねえか。なっ、ちょっと俺達と遊ぼうぜ」
「そうそう、近くに美味しい飯屋もあるからさ。紹介するし」
囲まれている少女は、亜麻色の髪の愛らしい少女だ。小柄で、バスケットを握った手が小刻みに震えている。
(騎士団に用があるのなら、ブラッドリー様の仕事仲間の関係者かもしれないわね)
だとすれば、ブラッドリーの妻であるグローリアが助けるのは当然のことだ。
(いいえ。そうじゃなくたって、困っている女の子を見捨てられないわ)
覚悟を決め、グローリアは一歩踏み出した。
「そこの殿方たち!」
グローリアの叫びに応じ、男達が振り返る。
「彼女はわたくしの友人ですの。解放してくださるかしら?」
グローリアを見ると、男性達はにやりと口角を上げた。
「お嬢さんも、一緒に俺達と遊ぼうぜ」
「わたくしは既婚者ですから、結構ですわ」
「そんな堅いこと言うなよ」
にやにやと笑いながら近づいてきた男が、グローリアの肩に触れようとする。その瞬間、グローリアは男の足に自らの足を引っかけて転ばせた。
「ここは、神聖なる騎士団の訓練所の前ですわ。常識にかける振る舞いには、全力で抗議いたします」
宣言した後、グローリアは次々に男達に制裁を加えた。
裕福な令嬢達と異なり、グローリアは貧乏なのだ。貧乏な令嬢が安全に生き抜くため、護身術はある程度身につけている。
一分も経たないうちに、男達は慌てて逃げていった。
「お怪我はありませんこと、お嬢さん?」
亜麻色の髪の乙女に手を差し伸べる。そして、グローリアはにっこりと笑った。
「第一騎士団長・ブラッドリー様の妻、グローリアですわ」




