第3話 貧乏令嬢、叫ぶ
「ブラッドリー様、夕食の準備が整いましたわ!」
夕飯の時刻になると、グローリアはブラッドリーの書斎へ向かった。
テレンスの話によると、彼は家にいるほとんどの時間をこの書斎で過ごすのだという。
「……なぜお前が知らせにくるんだ」
「だって、わたくしが準備しましたもの」
「……お前が?」
ペンを机に置いて、ブラッドリーがわずかに目を見開いた。
「ええ。暇でしたから、テレンスとアニーの仕事を手伝いましたわ」
当たり前のようにグローリアが告げると、ブラッドリーが一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。
とはいえ、すぐに無表情に近い不機嫌顔に戻り、溜息を吐いて立ち上がる。
そのままグローリアを無視し、一人で書斎を出ていってしまった。
(……極度の女嫌い、とかなのかしら?)
ここへきてグローリアがしたことといえば、挨拶と使用人の手伝いである。
要するに、嫌われることはしていない。
つまり、グローリアの行動には何の問題もないのである。
「悪い事はしてないんだから、気にする必要ないわよね。これからよ、これから!」
明るく呟いて、グローリアも書斎を後にした。
◆
「ブラッドリー様。今日の食事は、全てグローリア様が作ってくださったんですよ」
「……全て?」
「はい」
テレンスと喋るブラッドリーの様子を観察する。
愛想は悪いが、テレンスとは普通にコミュニケーションをとっている気がする。付き合いが長いからだろうか、それともテレンスが男性だからだろうか。
再び無言になり、ブラッドリーが食事を進める。スープを一口飲んだ瞬間、ぼそっとブラッドリーが呟いた。
「……味が濃いな」
「えっ!?」
慌ててグローリアもスープを飲む。
確かに、思っていたよりも味が濃かった。
(もしかして、いつもより良い素材を使っているから、調味料の量が少なくても味が出るってこと……!?)
立ち上がり、グローリアは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません! すぐに作り直してまいりますわっ!」
「その必要はない」
目も合わせずに言うと、ブラッドリーはそのまま残りのスープを飲み干した。
「え?」
「なんだ?」
「て、てっきり、食べられないのかと……」
「戦場では携帯用の不味い飯しか食えないことも多い。この程度、特に問題はない」
「まあ……!」
比較対象のレベルがあまりにも低いのだが、グローリアがそんなことを考えることはなかった。
なぜなら、ブラッドリーに一目惚れをしているせいで、彼の良いところばかりが目につくからだ。
(なんて逞しい方なんでしょう……!)
身分の高い人間であれば、繊細な味覚を持つ者も多い。
そんな中でブラッドリーは、好みではない味のスープを問題なく食べてくれた。
それに、常日頃から携帯食にも慣れているのだという。
「ブラッドリー様って、やっぱり素敵な方ですわねっ!」
「……は?」
「そうですわ! ついでに、ブラッドリー様の好みの女性について教えてくださらないかしら? 先程アニーに聞いたけれど、分からないと言われてしまいましたの!」
アニーによると、ブラッドリーが家に女性を連れ込んだことは一度もないそうだ。
そのため、彼女にはブラッドリーの好みが分からないらしい。
(だったら、直接本人に聞いちゃえば早いわよね!)
「……お前を愛するつもりはない。そう言ったはずだぞ」
「ええ。ですがわたくしは、愛されるつもりですの」
にこっ、と笑みを向ける。するとブラッドリーはわざとらしく頭をおさえた。
「……金が足りないのか」
「はい?」
「だから、俺の気を引こうとしているのか?」
怒っているというより、戸惑っているような声音だった。
父の話によると、ブラッドリーは多くの令嬢達から結婚を断られ、最終的にグローリアへ求婚したのだという。
もしかしたら彼は、金目当ての女としてグローリアを警戒しているのだろうか。
(みんなから恐れられていて、お金にしか興味を持たれていないと思っているのかしら)
だとすれば、彼が『女性を愛するつもりはない』と宣言するのも、無理はないのかもしれない。
「ブラッドリー様」
「なんだ」
「確かにわたくしは、超が100個ついてもおかしくないほどの貧乏人ですわ」
「……そこまでは言っていないが」
「ですが、ブラッドリー様に一目惚れをしたのは事実ですの。そこには、何の打算もありませんわ」
席を立ち、ブラッドリーに近づく。そして、ぎゅ、と彼の両手を唐突に握った。
「わたくしを信じられないと言うのなら、信じてもらえるように努力しますわ。ですからよろしければ、その方法をご教授いただけませんこと?」
真っ直ぐにブラッドリーを見つめる。
すると、ブラッドリーが慌てて顔を背けた。彼の頬が、わずかに赤く染まっている。
(え? もしかして、照れてる……?)
「ブラッドリー様?」
「……なんでもない」
「では、信じてもらえる方法を教えてくださいまし」
回り込んでブラッドリーの顔を確認する。やはり、彼の顔は赤く染まっていた。
「……見るな」
今度は、ブラッドリーが片手で顔を覆った。
(え? ちょっと待って? 可愛すぎない……?)
「……俺が怖くないのか」
「え? こんなに可愛いのに?」
「可愛い、なんて言うな!」
ドン! とテーブルを叩き、ブラッドリーが立ち上がる。しかしその顔は真っ赤で、どう見ても可愛い。
「……それは無理そうですわ……」
真っ赤な顔のままブラッドリーは着席し、脅威のスピードで食事を終えてしまう。
そして、再び立ち上がった。
「俺は風呂へ入る!」
どすどすと足音を立てて、ブラッドリーが居間を去っていく。
遠ざかる背中を見送った後、グローリアは我慢できずに叫んだ。
「わたくしの旦那様が、可愛すぎますわーっ!!」




