第23話 貧乏令嬢、初夜を迎える!?
「今日は楽しかったですわね、ブラッドリー様!」
家へ帰り、風呂を済ませた後、二人はテレンスが用意してくれたお茶を飲むために居間に集まっていた。
「……ああ。グローリアのおかげだ。グローリアが手紙を出してくれていなかったら、こんなことにはならなかった」
ありがとう、とブラッドリーが微笑む。ずいぶんと柔らかくなった表情に、グローリアの心も温かくなった。
「それに、兄上も幸せだと言っていた。今の穏やかな生活は、とても楽しいのだと」
「それはよかったですわ!」
「だから……俺にも、幸せになるように、と」
「まあ……!」
初めて会った日、ブラッドリーは『お前を愛するつもりはない』とグローリアに告げた。
そしてその理由として、『俺は幸せになるべき人間じゃない』と言っていた。
けれどもう、その呪いは解けたのだ。
「グローリア。いろいろと迷惑をかけた」
ブラッドリーの手がそっと伸びてきて、グローリアの頬に触れた。熱い手のひらに、どくん、と鼓動が速くなる。
「俺と共に、幸せになってくれないか」
「もちろんですわっ、ブラッドリー様!」
あまりの嬉しさに耐え切れず、立ち上がってブラッドリーに抱き着く。グローリアが勢いよく抱き着いても、ブラッドリーは全くバランスを崩さない。
(たくましくて、本当に素敵……!)
うっとりとした目でブラッドリーを見つめる。
返ってくる眼差しの甘さに、グローリアは倒れそうになってしまう。
(ちょっと待って!? っていうことはもう、これからは寝室を別にする必要もないし、なんなら今日……即、初夜ってこと!?)
幸いなことに、既に入浴も済ませてある。しかも、ブラッドリーの仕事は明日休みだ。
これほど完璧なタイミングは、なかなかないだろう。
「……ブラッドリー様」
「グローリア? どうかしたのか?」
「寝室に行きましょう!」
「寝室? もう眠たいのか?」
少し寂しそうにブラッドリーが顔を覗き込んでくる。大きい身体をしているのに、小動物のような仕草だった。
(かっ、可愛い……!)
「違いますわ、ブラッドリー様」
「違う?」
「だって今日からわたくし達、同じ寝室を使っていいんですわよね!?」
「……っ!?」
ブラッドリーの顔が真っ赤になっていく。グローリアに言われるまで、寝室のことなんて考えてもいなかったのだろう。
「だ、だが……まだ、二人用のベッドを買えていない」
「構いませんわ。二人でくっついて眠ればいいんですもの」
「……枕も、一つしかないが」
「構いませんわ。わたくし枕なんてなくても眠れますもの」
ずいっ、と距離を詰める。動揺しきったブラッドリーを見つめ、グローリアはにっこりと笑った。
「さあ、ブラッドリー様! わたくし達の寝室へ行きましょう!」
◆
二人の寝室――要するに現在のブラッドリーの寝室である――は、想像通りシンプルなインテリアの部屋だった。
部屋の中央にあるベッドは一人用にしてはかなり大きい。ブラッドリーの身体でも、ゆったりと使えるものを選んでいたのだろう。
ベッドに並んで座る。ブラッドリーは緊張しきった様子だ。
「……グローリア。本当にいいのか?」
「ええ。っていうかわたくし、待ちわびていましたわよ!」
結婚が決まった時は、顔合わせ日がそのまま初夜になるのだと思っていた。通常の結婚であれば、それが普通だからだ。
(別に、身体の関係だけが大事なわけではないけれど、白い結婚なんて、さっさと終わらせてしまいたいもの)
ブラッドリーの手に自らの手を重ねる。甘えるように身体を近づけると、ブラッドリーは気まずそうな声を出した。
「……グローリアに、言っておかなければならないことがある」
「あら? なんですの?」
「こういうことをするのは初めてで、その……上手くやれるかどうかが、分からない」
恥ずかしそうにブラッドリーは顔を伏せ、片手で顔を覆ってしまった。
(まさか、ブラッドリー様も初めてだったなんて……!)
貴族の令嬢と異なり、未婚男性の女遊びは許容されることが多い。
特に軍人は一般的に女遊びが激しく、娼館等の利用も多いと聞く。
「……すまない」
「どうして謝るんですの!? わたくし、嬉しいですわ!」
過去に関係を持った相手がいても仕方ないと思っていたが、グローリアが初めてだというのなら、それほど嬉しいことはない。
「それに、わたくしも初めてなんですもの。上手いかどうかなんて、全く分かりませんわよ」
「……グローリア」
「まずはわたくし、キスがしてみたいですわ!」
グローリアの言葉に頷き、ブラッドリーの顔がゆっくりと近づいてくる。
唇と唇が触れるのは、思ったよりも呆気なかった。
(でも、嬉しいわ)
もう一度、と催促してみる。ブラッドリーは応えてくれた。
――しかし。
「こ、これ以上は……また今度にしないか」
「えっ!?」
「申し訳ないが、その……心臓が、持たない」
ブラッドリーは耳まで真っ赤にして俯いた。よく見ると、両手も小刻みに震えている。
(どうしよう、どうしよう……)
そんな姿を見ていると我慢できなくなり、グローリアは叫んでしまった。
「わたくしの旦那様が、やっぱり可愛すぎますわーっ!」




