第21話 貧乏令嬢、腕を振るう
「げほっ、げほっ……」
再びパーシヴァルが咳き込む。慣れた様子で、リオンが彼の背中を撫でた。
「パーシヴァル様、そろそろおやすみください。夕食の準備ができたら、俺が呼びにいきますから」
「……そう?」
「そうなんです。ほら」
リオンがパーシヴァルに肩を貸す。パーシヴァルは何の躊躇いもなく、彼に甘えるように全体重を預けた。
「すまないね、二人とも。他に聞きたいことがあったら、リオンに聞いてくれ」
「……そうやってまた俺に押し付けてさあ」
「リオン、いつもの君が出ているよ」
「……はいはい、申し訳ございません、パーシヴァル様」
従者とは思えないリオンの態度に、パーシヴァルは楽しそうに笑っている。
その様子を見たら、二人に深い信頼関係があることが伝わってきた。
(旅に出るっていうのは、きっと……)
ちら、とブラッドリーの顔色を窺う。なんとも言えない表情で、ブラッドリーはじっと床を睨みつけていた。
◆
「というわけで、夕飯までの間パーシヴァル様はお休みになられるので、お二人は自由にくつろいでいてください」
パーシヴァルを寝室へ連れていったリオンは、戻ってくるなりそう言った。
「……待て。お前は兄上のなんなんだ?」
「召使い兼友人ですよ」
「……いつ知り合ったんだ?」
ブラッドリーはリオンのことが気になって仕方ないらしい。こうなることはリオンも分かっていたようで、流暢に説明してくれる。
「パーシヴァル様が家督をグラッドストン伯爵に譲る前からですよ。たまたま見た俺の手品に感動したって、パーシヴァル様が声をかけてくれたんです」
リオンの説明によると、二人が出会ったのは本当に偶然だったそうだ。
伯爵家当主としての重圧や自らの体調に苦しんでいたパーシヴァルにとって、リオンの手品は――リオンという存在は、日々の癒しになっていったらしい。
「で、行くなと頼まれて、俺は一時的に旅をするのをやめたんです。一ヶ所にとどまるなんて、柄じゃないんですけどね」
「……でも、今度は兄上と旅に出るんだろう」
「ええ。パーシヴァル様の体調と相談しながらではありますが、パーシヴァル様はずっと、自由に旅がしたいと言っていたんですよ」
兄の望みを、ブラッドリーは全く知らなかったのだろう。
そうか……と呟いて、寂しそうな顔をした。
「それが兄上の希望なら、俺は尊重する。金でもなんでも、必要なことがあれば俺に連絡してくれ」
ブラッドリーは深く頭を下げた。
「伯爵様に頭を下げられても困りますよ」
「……お前が……いや、貴方が、兄上には必要なんだろう。だから、頼む。兄上のことを、どうか……」
泣きそうな顔になったブラッドリーを見て、リオンは深い溜息を吐いた。
「グラッドストン伯爵。俺は今から夕飯の支度をするので、パーシヴァル様の部屋で様子を見ておいてくれますか?」
「……俺がか?」
「ええ。寝ている時、額においた冷たい布を一時間ごとに取り換えると、パーシヴァル様は寝つきがよくなるんですよ」
一時間おきに取り換えるだけなら、料理中のリオンが対応することは可能だ。
そもそも、元々はそのつもりだったのだろう。
「……ありがとう」
リオンは、ブラッドリーに兄と二人きりになるチャンスをくれたのだ。
(ブラッドリー様はパーシヴァル様を大切に思っていて、パーシヴァル様も、きっとそこは同じで。わたくしもリオンさんも、それを分かっていて……)
二人のわだかまりが完全に消えることはないのかもしれない。
けれど、未来は、そう暗くないような気がする。
「あの!」
「どうしたんです、グラッドストン伯爵夫人?」
「わたくしにもできることをやらせてください。わたくし、夕飯の支度を手伝いますわ。料理は結構、得意ですの!」
「それは助かります。四人分の食事を用意するのは、いつもより大変ですから」
リオンは笑って、視線をブラッドリーへ向けた。
「グラッドストン伯爵。奥方をお借りしても?」
「……触ったら、殺す」
ずいぶんと物騒なことを口にした後、ブラッドリーは照れを隠すように慌てて部屋を出ていったのだった。
◆
「わたくし、腕によりをかけて御馳走を作りますわ!」
台所に案内されたグローリアは、エプロンをつけ、デイドレスの腕をまくった。
本当は着替えたいところだが、さすがにそういうわけにもいかない。
「じゃあ夫人は、パーシヴァル様以外の分の料理をお願いします」
「え?」
「パーシヴァル様は食の好みも細かく、体調によって食べる物も違いますから」
そう言うと、リオンは手際よく食事の用意を始めた。
手品のように鮮やかな手つきだ。
(……胡散臭い、なんて最初は思ってたけれど、そうじゃない気がしてきたわ)
少なくともパーシヴァルにとっては、彼は心の支えなのだ。
「リオンさん」
「なんです?」
「わたくし、いずれはブラッドリー様とパーシヴァル様にもっと仲良くなってほしいと思っていますの。ですから、リオンさんもこれから、協力していただけますか?」
ブラッドリーは不器用で、パーシヴァルもきっと、たぶんそうで。
だったら、その周りにいる自分達がどうにかしてやりたいと思うのだ。
目が合うと、リオンは優しく笑った。
「喜んで、お嬢さん」




