第20話 貧乏令嬢、義兄の話を聞く
「また大きくなったね、ブラッドリー」
そう言って、パーシヴァルは優しく微笑んだ。
弟に対する憎悪の感情は全く感じられない。
「……兄上」
震える身体を引きずるようにして前へ進み、ブラッドリーがパーシヴァルの傍に跪く。
「……兄上は、病にかかっていらしたのですか」
「そうだよ。君に家督を譲る時にはもう、かなり弱っていた。ただ、あの頃の僕は君に気づかれまいと必死だったからね」
喋り終えると、再びパーシヴァルが咳をする。
「パーシヴァル様。座ってください」
強引にリオンがパーシヴァルを椅子に座らせた。
「……どうして、言ってくれなかったのです」
ブラッドリーがまっすぐにパーシヴァルを見つめる。短い沈黙の後、パーシヴァルは微笑んだまま答えた。
「言いたくなかったから。一人になりたかったんだ、僕は」
「……そんな」
「正直なことを言うと、僕はかなり疲れていたんだ。あらゆることにね」
ブラッドリーが黙り込む。
あらゆることの中には、きっとブラッドリーのことも含まれているのだろう。
「君はなにも悪くないよ。ただ、君の傍にいるのが辛くなってしまった」
正直で、だからこそ、どうしようもない言葉だと思った。
(だって、ブラッドリー様にはどうしようもないんだもの)
悪いところを言われれば、そこをなおすことはできる。
けれどなにも悪くないと言われてしまったら、どうすることもできない。
「グローリア殿」
いきなり名前を呼ばれ、はいっ、とグローリアは慌てて返事をした。
「貴女の手紙を読んで安心したんだ。弟は、いい結婚相手を見つけることができたんだって」
「……結婚をブラッドリー様に勧めたのは、パーシヴァル様なんですよね?」
「そうだよ。弟には早く、僕以外の家族を持ってほしかったからね」
パーシヴァルの表情からは、ブラッドリーに対する愛情が確かに感じられる。
けれど同時に、しっかりと境界線を引いているのだということも分かった。
(……昔のように、というのは、きっと無理なんだわ)
もっとブラッドリーへ激情を向けているのであれば、まだ可能性はあっただろう。
けれどパーシヴァルは完全に落ち着いていて、既に自分の中で結論を出しているようだった。
「ブラッドリー」
パーシヴァルがブラッドリーの肩に手を置く。
「僕はずっと、君に幸せになってほしいと思っていたんだ。だけど、それを叶えてあげられるのは僕じゃない」
どうして、とはブラッドリーも言わない。そう尋ねてしまうほど、彼も幼くはないのだ。
「……あっ、あのっ!」
それでも、このままなにも言わずにはいられなくて。
気づいたら、グローリアは声を張り上げていた。
(立場の差も、才能の差も、それが苦しくなってしまうことも分かるわ。大事だからって、べったりと一緒にいられるわけじゃないのも、分かってる)
けれど辛そうなブラッドリーを見たら、黙ってはいられない。
(だってわたくしは、ブラッドリー様の妻ですもの)
パーシヴァルの気持ちも分かる。けれどグローリアにとって一番大事なのは、ブラッドリーの気持ちなのだ。
「これからも! たまにブラッドリー様と二人できてもよいでしょうか……!?」
ずっと一緒にいられなくても、近くで暮らすことはできなくても。
二人の繋がりを、どうにか保ってあげたい。
「……君は本当に、ブラッドリーを大事に思ってくれているんだね」
パーシヴァルが微笑む。そして、リオンに目配せをした。
すると、リオンが懐から一枚の紙を取り出す。
「グラッドストン伯爵。こちらには、この屋敷をグラッドストン伯爵へ譲渡する旨の書かれた契約書です」
「……は?」
「権利上、この屋敷は現在パーシヴァル様のものですが、パーシヴァル様はこの屋敷をグラッドストン伯爵に譲ることを決めました。今日は、その話もしたかったんですよ」
契約書を受け取り、ブラッドリーが困惑した表情で兄を見つめる。
「……兄上。どういうことなのですか」
「君に新しい家族ができたら、僕も新しい人生を始めようと思っていたんだ」
そう言ったパーシヴァルの表情は晴れやかだった。
「旅に出ることにしたんだ。だからその前に、君に会いたかった」




